落とし物#片思い文芸部
放課後の廊下で、小さなヘアピンを拾った。
それは桜の花の形をしていて、持ち主の女の子らしさがにじみ出るようなデザインだった。拾い上げて名前を書く場所を探していると、ふと、彼女の顔が浮かんだ。
矢沢さん。
クラスで席が近い、よく笑うあの子。
髪を結ぶ仕草や、教科書に書き込む細い文字。たぶん誰も気にしないような瞬間を、俺はいつも見ていた。
でもそれは、声をかける理由にならない。
だから、ただ静かに「拾った」という事実にすがった。
翌朝、昇降口の「落とし物箱」にそっとピンを入れようとしてやめた。
「矢沢さんに、渡すだけなら、いいよな」
教室で彼女を見つけたとき、胸がぐっと詰まった。けれど、言葉は意外とすんなり出た。
「あの、これ、昨日、落とした?」
矢沢さんは驚いたように目を丸くして、それから少し笑った。
「うん。探してたんだ、ありがとう。サトルくんって、優しいね」
名前を呼ばれたのは、初めてだったかもしれない。
それだけで、一日中、心がふわふわしていた。
ヘアピン一つ拾っただけなのに、俺の世界は少し変わった。
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