2-14忙しさというわな
念願の田舎暮らしを始めたものの、たまさんが外国に行って不在なこともあり、私は今以上に忙しく働いていました。毎日朝早く職場のある町まで車を飛ばし、帰りも暗くなってから30分かけて家まで帰るような暮らしで、休みは日曜日のみ。
一人で大きな家を掃除して、洗濯をして、動物の世話をして、統合失調症でひきこもりの次男に食事を作り、日曜日は畑を起こし、種をまき、草をむしり、くたびれ果てて月曜日を迎えていました。忙しすぎます。
心というのはいつも揺れ動いていてじっとしていてくれません。何かに集中しているときは今ここにいてくれますが、ちょっと油断すると過去や未来、別の場所に飛んで行ってしまいます。忙しい時って、いつも心が今より先に行ってしまっていませんか?時間に追われるといいますが、心が時間より前にいってしまうから時間に追われてしまうのでしょうか。
私の場合、「こういう生活がいいんだよなあ、生きている実感がするじゃないか」と独り言を吐きながら豆を鞘から外していても、秋の短い日が傾いてくると、今日は何も作業が進まなかった、豆の選別なんて引退してやることのないおばあさんのやることだ、なんでこんなタイパにあわないことに時間を割いてしまったんだと自分にイライラしたりします。朝、犬の散歩で森を歩いていても、「なんと気持ちのいい朝なんだ、小鳥のさえずりも土のにおいもいいなあ、幸せだなあ」とつぶやいていたのが、家路が近づくともう、仕事や出勤前の段取りに体より先に頭は飛んで行ってしまいます。できるだけ今ここにいるように意識してはいるんですが、忙しくなればなるほどマインドフルネスは遠ざかります。
マインドフルではなく、マインドレスネスです。ベトナムの僧侶ティックナットハン師は、忙しさで今ここに心がないときは生きていないのと一緒だというような意味のことを言っていました。
田舎暮らしに関係なく、あまりに忙しい暮らしなら、どこかで対策を考えることが幸せへの道かもしれません。
