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3-5競争から共生へ~今がパラダイムシフトのタイミング

 私たちは小さいころからずっと競争するように仕向けられてきました。幼稚園のかけっこ、小学校の運動会、中間期末試験、部活、受験、就活、そして会社に入ってからも昇給・昇進とずっと他人との競争が続いています。競争は経済成長を生み出し、文明を発達させてきました。競争がなければ私たち人間はまだ縄文時代のような暮らしをしていたかもしれません

 そのいっぽうで、今の時代は豊かになったとはいえ、いつもどこか満たされず、毎日頑張ることを要求され休むことも許されず、どんどん疲弊していってるような気がします。

 そろそろ競い合うことをやめる時代にしませんか?もう、便利さも快適さも豊かさも十分満たされていると思います。今は縄文時代と違います。競い合うことをやめて分かち合えば、みんなが満ち足りた生活ができる時代です。

 豊かさは自然を収奪し、他者に打ち勝って、環境を汚染させながら進んでいきます。

 幸せには2種類あると思います。自分の中から湧き上がる「ああ、幸せだなあ」と感じる絶対的な幸せ。もう一つはあの人と比べたら私は幸せという相対的な幸せです。相対的な幸せは自分より不幸せな相手が必要です。嫉妬と争いを繰り広げ、不幸を他人のせいにして、つながりをバラバラにして状況を悪化させているのが現代です。人種や宗教や国家観がからめば殺戮や迫害にまで進んでしまう場合もあります。

 私たちはほんとうに自分だけの幸せを願い、競争しあう必要があるのでしょうか?他人との違いから確立されるアイデンティティーは自分が幸福か不幸かを他人と比べてしか測れなくなってしまいます。自分の中から幸せホルモンが湧き出る状況が作れなければ、幸せも相対的なものとなっていきます。

 隣人が家を新築した、同期が自分より早く昇進した、弟が自分よりいい大学に入った・・・誰かが幸せになると、その分だけ自分の幸せの取り分が減ってしまう。くだらないと思いながらも、私たちは比較の中に生きている限り一生幸せの取り分を奪い合うしかないのです。競争を前提とする日常は学校や職場、家庭や地域で常に再生産されていくので、私たちはそれが当然のことのように思ってしまいます。

 自分だけの幸せを願い、競い合い奪い合う世界をこのまま続けていきたいのでしょうか。私たちが望んでいるのは、人が傷つき悲しんでいる姿でもなければ、輝きを失っていつも満たされないでいる自分でもないはずです。

  競争を前提とする世の中はある意味必然だったかもしれません。でももう充分です。競争から共生へとパラダイムシフトするのは今ではないでしょうか。


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