久高島、台風、弁当と祈り ~ 斎場御嶽から神の島へ
今日は琉球王国の聖地「斎場御嶽」(せーふぁうたき)と神の島「久高島」に行く。
斎場御嶽で思い出した母の電話
「斎場御嶽」の最初の拝所「大庫理」。

説明のイラストの神女にスポットライトが当たっていた。これが神の力か!

斎場御嶽で有名な拝所「三庫理」。現在は柵の中に入れない。

岩で作られた三角形から、日の当たる空間が見える。神々しい、とはこういうことか。

御嶽を回っている時、私の母が自分には霊感があると思っていることを思い出した。
私に関する悪い夢を見ると、「今日は気をつけなさいよ」と朝から電話をかけてきた。
どんな夢だったのか聞いても教えてくれない。
母が私を案じる気持ちが夢になったのだろう。
その母も85歳になった。最近はそうした電話もなくなった。
父の看病で忙しいのか、卓球が楽しいのか、それとも私が定年退職して心配の種がなくなったのか。
理由はわからないが、悪夢の話を聞かなくなった。
今年3月、東日本大震災の被災地を旅した。昨日と同じように今日生活できる有難さを知った。そして同じように明日の生活できるように祈ることも知った。この祈りの対象が神ではないのだろうか。


御嶽の「久高島遥拝所」から見る久高島。これからフェリーで向かう。

久高島へのフェリー欠航で二つの心配事
久高島に泊まる予定だった。
台風が近づいているので、今日は11:30のフェリーで久高島に向かい、交流館で1泊し、明朝は朝一番8時45分の便で本島に戻ることを計画していた。
しかしチケットを買う時に、「明日は台風でどうなるかわかりませんよ、今日島内放送をかけると言っていたので」と言われ、心配性の私は「これはまずい」と日帰りで戻ることにした。
島に到着し、すぐに島内放送がかかり、現実のものとなった。「今日は全便運航するが、明日は安座真から久高島に来る朝の便のみ。明日から6月2日までは欠航の予定、もしかすると水曜日も欠航するかもしれない、今日久高島に泊まる予定の人は、今日中に本当に戻るように」という主旨の放送だった。

宿泊を無料でキャンセルできるのか。島に着いてまず交流館に行き、キャンセルをお願いした。係の女性はすぐに了解してくれた。これでスケジュール変更の心配事は無くなったが、もう一つ心配事があった。
それは、久高島での食事として、出発前に「伊集スーパー」で買った昼食用の焼きそばと夕食用の弁当と朝食用の菓子パンだ。
レンタカーに置けば確実に傷む。
「捨てればいい」という発想がない私は、焼きそばと弁当を抱えて島を歩くことになった。
焼きそばは昼に食べ、弁当は交流館の冷蔵庫を借りて保管した。
その結果、今夜の宿で無事夕食にありつけた。
神の島で知ったゆったりとした時間
では「久高島」。
島の南側のピザ浜を歩く。

久高島の旧家の一つ「大里家」。

母屋。


母屋の東側にある「神屋」。こちらが拝みの対象となっているそうだ。

「御殿場」と言われる村落の主要な年中祭祇の祭場。


漁港に向かう途中、地下に下っていく階段があった。

透き通った湧水。

湧き出る水を見ていても「何かを」感じる。
久高島が神の島であることも重要だが、それ以上に島を守るために土地は村民で共有しているような文化が重要だと思う。
そうした文化が、この島のゆったりとした時間につながっているように感じた。
神行事で、普通旅行者が訪れたいと思っているカベール岬やクボウウタキに行けなかったが、十分満足できた。
ただ時間が短かったので、歩き回っている感覚はぬぐえなかった。畳の部屋で半日のんびりして、30分ほど散歩するといった贅沢をしてみたい。



交流館の前のテントで、オジサンにカツオの刺身を食べさせていただいた。ニンニクを入れた醤油につけて食べる。うまい!オジサンはマヨネーズも入れていた。美味しんぼの世界だ!
おじさん同士は島の言葉で話している。久高島行きのフェリーが出る本島の安座真、つまり久高島に一番近い本島でもこの言葉はわからないそうだ。そして島の言葉をいまでも話すのは50歳くらいまでだそうだ。

神のお告げが本当にあるのかはわからない。
ただ、今日を無事に過ごし、明日も同じように暮らせることを願う気持ちは、昔も今も変わらないのだろう。
こころ穏やかに今日を過ごすことのありがたさを改めて感じた旅であった。
