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ドーナツ盤600円の頃~78年5月20日週

当時トップ40の週平均デビュー曲数は5曲弱でしたが、この週はたったの1曲だけでした。番組でケーシーはどんな風に曲紹介したのかな?
76年~80年の5年間で1曲のみのデビューはこの週を含めて3週ありました。

37位(前週43位)「ダイスをころがせ」

オリジナルはローリング・ストーンズ。リンダ最大のヒットアルバム8作目「夢はひとつだけ」からの4枚目シングル。最高位は32位。

U-NEXTで配信中のリンダ本人がナレーションガイドするドキュメンタリー「サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」皆さんご覧になりましたか?
リンダの歌に対する真摯な情熱、また頑固な一面が描かれています。

セレーナ・ゴメス主演による伝記映画が予定されているとの情報。
またリンダの新たな一面を見ることが出来そうです。楽しみですね。

本家ストーンズ、「メイン・ストリートのならず者」に収録。72年7位。

日本盤シングルは特殊ジャケット仕様、厚紙ボックスの口の中は切取りされています。
紙芝居の如く、このシートが差し込まれています。面白いですね。

リンダは多くのソングライターの曲を取り上げては彼女独自の世界に仕上げていました。カーラ・ボノフもそのソングライターの一人でした。

シングル「またひとりぼっち」は7作目アルバム「風にさらわれた恋」のA面1曲目。プロデューサーのピーター・アッシャーの表情がなんとも嬉しそう。アンドリュー・ゴールドがレコーディングに参加。77年76位。

作者本人のカーラ・ボノフがピアノのみで歌うこの曲も良い感じです。
個人的にはこちらのバージョンが好みです。

「またひとりぼっち」のシングルB面「誰か私のそばに」は77年42位。
こちらもカーラ・ボノフ作品。結局カーラのアルバム買っちゃいました。

ちょっと脇道にそれてしまいますが、リンダも所属したレコード会社「アサイラム」についてエピソードを引用。

デヴィット・ゲフィンとエリオット・ロバーツは60年代末頃から、ミュージシャンのマネージメントを行っていた。その中にレコード・デビュー前のジャクソン・ブラウンがいたが、ブラウンはレコード会社となかなか契約を結ぶことができなかった。ゲフィンがアトランティック・レコードのアーメット・アーティガンに「ブラウンは金になりますよ」とすすめると、「金なら私は十分にある。どうして君は自分でレコード会社を作らないんだい? そうすれば君自身が金持ちになれるじゃないか」という返事が返って来た。これがきっかけとなりゲフィンは会社を設立することとなった。

ゲフィンが最初に声をかけたのは、彼が長い間マネージャーを務めていた友人のローラ・ニーロであった。ニーロは一旦承諾したものの、ゲフィンの知らないところでコロムビア・レコードと再契約を交わしてしまう。ゲフィンはニーロの仕打ちに対しショックを受け、何日も泣き暮らしていたという。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

70年代アサイラムはイーグルスを初めとしたカントリー・ロック系、シンガーソングライター系の人気アーティストを抱え一大勢力を築きました。

アサイラムの契約ミュージシャンとして72年にメジャーデビューを果たしたジャクソン・ブラウン。「ドクター・マイ・アイズ」72年8位。

アサイラムレーベルの第一号アーティストはジュディ・シル。
第一弾シングルの「ジーザス・ワズ・ア・クロス・メイカー」はJDサウザーとのロマンスから生まれたと言われています。彼女の作品は評論家からは高い評価を受けましたが商業的には振るいませんでした。残念でした。😢

1位(前週3位)「しあわせの予感」

ポール・マッカートニー&ウイングス、76年「心のラブ・ソング」以来の
ナンバーワン。👏

次回は77年5月21日週です。

ではまた!

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