こんな一日だったらいいな
私はカーテンの隙間から差す朝焼けの光の眩さにつられて目を覚ました。
「Alexa、今何時?」
「現在、午前6時30分です。」
昨日はあまり眠れなかった。私は寝不足になる条件は決まって二つだった。明日を迎えるのが嫌で嫌でしょうがないとき、もしくは明日を迎えるのが楽しみしょうがないときだ。今回は後者だった。身支度を手早く整えて台所へ向かうと炊飯器は時刻通りご飯を炊き上げていた。電子ケトルにお湯を入れ、コンセントを差して電源を入れた。そして冷蔵庫から納豆と卵を、冷凍庫から鮭の切り身を取り出すと電子レンジに鮭を入れて600Wで3分加熱した。その間に卵の殻を割り生卵を小皿に入れ、卵と納豆を別々にかき混ぜ、炊飯器から炊き立てのご飯をお茶碗に盛り、卵・納豆の順番にご飯の上にかけた。納豆の上に卵をかけると納豆のネバネバが卵に溶けてしまうのが苦手なので私はこの順番を守っている。電子ケトルから湯気が立っているのを気づき、私はお椀にインスタント味噌汁を入れ、電子ケトルのお湯を注いだ。電子レンジのチンッという音が聞こえ、私は電子レンジから解凍された鮭を取り出した。こうしてタンパク質たっぷりの朝食が完成した。私はいただきます、と心の中で唱えてご飯をゆっくり食べ始めた。うまい。食べ慣れた日本食が1番安心する。近年鮭の漁獲量が減っているが、それでも食べたいものは食べたい。いつかニシンのように鮭も食べれなくなるのだろうか。ならば今のうちに食べておくのがお得だろう。
私は朝食を済まし、家を出た。駅に向かうまで、以前は自転車を使ってたがいまは徒歩で向かっている。その方がいつも歩く道でも四季折々の変化に気づけるからだ。このお家の人、庭の手入れが綺麗だな。綺麗な花が咲いてるな。なんて名前なのかな。私はおもむろにバッグからカメラを取り出しファインダーを覗いてシャッターを押した。
私は駅に着くと目的地の会場へ向かった。この会場には私が製作した作品が展示されていた。作品はなんでも良い。写真でも、スマホアプリでも、小説でも、エッセイでも、音楽でも、AIでも。私はメディアが好きだけど、その本質は作品を通してユーザーと何かを繋げることができることだと考える。そのため、それが達成できると私は嬉しい。例えば、私が撮影した魚の写真を見て海に行く。伊豆のエッセイを読んで実際にその中に出てきたお店に行く。生成AIのプロダクトを触ることでユーザーも何か自分で作ってみる。展示会だとオフラインでユーザーとの交流があるため手触り感が違う。実用的なプロダクトを作る能力がなくても少しでも誰かと何かを繋げられたのなら、やった甲斐がある。
私はじいっと食い入るように私の作品を見ている人がアンケート用紙を書いているとき話しかけてみた。
「あの作品どうでした?」
感想を聞いてると、嘘でも展示してよかったと思える。孤独な作業を通り抜けた先に誰かと繋がることができる。会社のためでなく、自身を絶対視するためのアウトプットを続けた日々を肯定できる。この先AIに仕事を奪われても人々との交流から生まれる喜びや共感は決して奪われない。
私は帰路につき、自宅へ戻った。玄関で育てていたマリーローズの花が咲いていた。近所から子供の遊ぶ声が聞こえた。この日はジョギングしてお腹を空かせて、夕飯は餃子の王将に行ってきた。なぜなら餃子が好きな食べ物だから。次の日、月曜日なのでワンピース読むために0時まで起きた。
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展示会に作品を展示した経験は無いけど、何かを表現したいという気持ちはずっとあります。
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