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余市はフルーツのまちだった。

函館本線で長万部から札幌へ向かったとき、仁木町に入ると、ブドウ畑が広がっていました。余市町に入ると、リンゴ畑に変わりました。

余市町・仁木町では、6月上旬、イチゴがとれ、11月にブドウ、リンゴの収穫が終えるまでの5ヶ月間、フルーツが楽しめます。なぜ、余市町、仁木町は、フルーツ栽培が盛んなのか、調べました。

リンゴの生産量北海道一、余市町

余市町でリンゴ栽培が始まったきっかけ 

明治初頭、戊辰戦争に敗れた会津藩の元士族が余市町に入植して開拓が始まりました。米国から取り寄せた苗木から、りんごの栽培を始めました。日本で初めて実をつけました。

余市町は、リンゴの生産量が道内一です。梨は、「千両梨」という東洋梨が余市町オリジナルの品種です。千両梨は、日本の梨のようなシャキシャキ食感、上品な甘味が特徴です。明治時代、中国から導入された個体から突然変異により、誕生しました。

ブドウはデラウェア、シャインマスカットなど食用種からワイン種も栽培されています。サクランボ、プルーン、ブルーベリー、洋梨の栽培もさかんです。

仁木町は、ブドウの生産が盛ん

余市町と南で接する仁木町も、果物栽培が盛んです。仁木町は、仁木さんが中心となって、徳島県、山口県から希望者が集まって開拓されました。特に、サクランボ、プルーン、ブドウは道内一の生産量を誇ります。

ワインの産地でもある。

北海道のワインの名産地でもあります。ケルナー、ナイアガラ、セイベルなどワイン用品種が中心です。余市・仁木にはワイナリーがあります。食用では、ポートランド、キャンベル・アーリーが主な品種です。

直売所でお土産を買う


余市駅、道の駅よいちには、直売所がありました。直売所では、余市でとれたフルーツを使ったジャムなどの加工品が並んでいました。今回はハスカップジャムを購入しました。

道の駅では、アップルパイが販売されていました。一般的な三角型、りんごがゴロゴロ入っていました。シナモンを入れておらず、素材の風味を活かしたパイでした。 

なぜ、フルーツ栽培が盛んなのか?

気候が似ている。

おいしい果物の栽培条件は、「日中と朝晩、夏と冬の気温差が、はっきりしていること」、「春から秋にかけて降水量が少なく、日照時間が長いこと」、「北海道の中では温暖であること」の3つがそろっていることです。

余市は、建物も密集している場所が少なく、ヒートアイランド現象の影響も受けにくいため、1日の気温差がはっきりしています。北海道は梅雨がないため、春から秋にかけて天気に恵まれています。余市は日本海に面しています。冬は季節風によって1年の半分もの降水量があるものの、対馬海流の影響により、朝晩は-10℃以下まで冷え込む日は少ないです。

開拓とともに果物栽培の歴史を歩んでいる。

開拓とともに、米国から取り寄せた果物の苗を試験栽培しました。リンゴなど、寒冷地でも栽培できる果物が、明治時代には定着しました。余市・仁木の果樹栽培は明治時代から始められていました。


今回は、余市町・仁木町のフルーツに注目しました。余市町は小樽市の西隣にあります。小樽駅から函館本線倶知安・長万部方面行きの列車に乗り、余市まで25分、仁木まで30分程度で到着します。列車も1時間に1本程度運行しています。余市・仁木のフルーツが気になる方は、小樽観光とともに、足を踏み入れることをオススメします。

おまけ:ニッカウヰスキーは創業時、リンゴでつないでいた

創業当初は、大日本果汁株式会社という名前でした。大日本果汁を略してニッカという社名になりました。大日本と付けた理由は、大日本帝国など、大日本を社名に付けることが当時のブームだったからです。

ウイスキーの原酒は5年間寝かせなければなりませんでした。ただ待っていると、ウイスキーを売り出す前に破綻しかけます。ウイスキーを主力商品として売れるようになるまでの期間は、果実100%のリンゴジュース、アップルワインを主力商品として経営していました。アップルワインは、現在も生産しており、購入できます。

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