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呉で平和を考える

結論

広島・長崎原爆資料館と並び、一度は行くべき場所


非戦争を81年続けている日本

1945年の終戦以降、戦争状態が続いていたことはあっても、日本は戦争を起こしていません。平和国家をして歩むことを掲げた日本国憲法は1947年5月3日に施行されました。今回は、呉市を訪れました。呉市には、大和ミュージアムがあります。大和ミュージアムでは、特攻隊の声も集まり、当時の戦争の惨状がわかりました。

呉市

1889年、海軍の拠点が置かれ、工業も発展した。

呉市は、戦前、海軍の拠点として置かれ、瀬戸内海周辺+四国、宮崎県の防衛を担当していました。艦艇、武器などを生産する軍需工場としても発展しました。呉市が海軍の拠点に選ばれた理由は、東西北三方を山に囲まれ、南には倉橋島など多くの島々に面していたため、防御に優れていたことが挙げられます。1945年には、現在の2倍、40万人が集まりました。

戦後、造船・製鉄など非軍事産業に転換した。

戦後、平和産業湾港都市として、造船・製鉄を中心とした産業へ切り替えました。

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)

大和ミュージアムでは、2005年の開館以来、最大規模のリニューアルが行われました。2026年4月23日、リニューアルオープンしました。リニューアルにより、最新の研究結果へアップデートしただけではなく、だれでも体験できる博物館になりました。車椅子でも移動しやすいように通路の幅を広げたり、段差を減らしました。触れられる模型を増やし、触って伝わる工夫もされていました。音声も充実しています。展示内容を見ると、戦争の惨劇を伝えるだけではなく、戦争によって発展した技術の話も増えました。多角的な視点を取り入れていることが伝わりました。

戦艦大和

大和ミュージアムと言えば、戦艦大和です。大和ミュージアムには、10分の1スケールで忠実に再現された戦艦大和の模型が展示されています。戦艦大和には、当時の日本の技術が結集していました。戦艦大和はミッドウェー海戦、マリアナ沖海戦など出動しました。

特攻隊の声

大和ミュージアムは、特攻隊の声が残ります。人間魚雷「回天」が展示されています。体当たりして敵の操縦することは、死を意味します。20歳前後の若者が、国を守るために強い決心を持っていたことがわかります。

定期的に特攻隊の声を知る機会もあります。鹿児島県にある知覧特攻平和会館では、特攻隊の声を知ることができます。大和ミュージアムと合わせて行きたい場所です。

てつのくじら館

あきしお

海上自衛隊呉史料館では、海上自衛隊呉の仕事について紹介されています。1986〜2004年に海上自衛隊で使用されていたゆうしお型潜水艦「あきしお」を陸揚げして展示しています。潜水艦の内部が見られる貴重な機会です。内部は撮影禁止です。海上自衛隊発足の歴史から掃海艇まで網羅しています。海上自衛隊の役割について理解してもらうために、無料で公開されています。知ってもらうことに力を入れている国の施設は、無料で運営されています。

いつか起きうる事態

米国とイラン、ロシアとウクライナ戦争は近くに第三次世界大戦は侵略は反対です。結局、権力者同士の問題です。結局、歴史は繰り返されているため、話し合いで解決できないから、ブレーキをかけられる仕組みをつくれないものかと思います。

戦争は当然反対です。しかし、近隣諸国との関係悪化により、リスクは高まっています。防衛のための備えは必要だと思います。


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