世界を結ぶ通信網の変遷
インターネットは、様々なネットワークが繋がった全世界を結ぶ単一のネットワークである。
利用者は国内同様に海外にメールを送れるばかりでなく、クリックするだけで外国のウェブサイトに接続したり生成AIを利用することができる。見た目は日本語のウェブサイトでもサーバーは海外ということもあり、意識しないうちに外国と接続しているということは現代の常識といってもいいだろう。そこには国境の隔たりを全く感じさせない。
そしてこの海外と日本を繋ぐ「通信」の通り道が、海の底を走る光ファイバーのケーブルである。国際間の情報のやりとりが増加している現在、光海底ケーブルはかせない「通言」の基盤となっている。
海底ケーブルが最初に日本に陸揚げされたのは、1871(明治4)年のことである。デンマーク国籍のグレートノーザン電信会社(日本名:大北電信会社)により上海と長崎の間が結ばれた。
この時のケーブルは銅線をガッタパーチャという樹脂で防水した電信用回線で、わずか1回線であった。その後、20世紀初頭に無線電が実用化され、第2次世界大戦の前後は短波無線が通信の主役を務めたが、1950年代には電話にも使える海底同軸ケーブルが登場して、その座を譲った。さらに1960年代後半にインテルサット衛星による通信が登場し、次第にケーブルを凌駕する状況となった。
そして1980年代末に光海底ケーブルが実用化され、現在に至るまで国際間伝送路の主役となっているわけである。面白いことに、国際伝送路の変遷を古い方から並べると、「海底電ケーブル」、「無線通信」、「海底同軸ケーブル」、「衛星通言」、「光海底ケーブル」と、有線と無線がまるで源平の盛衰のように交互に主役を務めてきたことが分かる。
