「伝えること」の本質を考える──久米宏さんの本を読んで、自分の現在地を見つめ直す
最近、小説を読むことが多い僕ですが、本屋で文庫棚を眺めていて、ふと手に取った一冊がありました。
タイトルは『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』。
思わず手に取った理由はシンプルで、僕自身も“伝える”ことを仕事にしているから。
その道を極めた人の考え方から、何かヒントがもらえるかもしれないと思ったのです。
「ニュースステーション」の司会者は、もともとエンターテイナーだった
久米宏さんといえば、僕にとっては“ニュースステーションの顔”というイメージでした。
けれど、この本を読んで気づいたのは、もともと彼はエンターテインメントの世界にいた人だったということ。
『ザ・ベストテン』という音楽番組での司会を通じて、
視聴者との距離感や“テレビらしさ”というものを磨いてきた。
その素地があったからこそ、ニュースという堅いコンテンツにも、柔らかくて親しみやすい演出を持ち込むことができたのだと思います。
高度経済成長の時代、テレビは“夢の装置”だった
時代背景も大きかった。
テレビが“社会の中心”だった時代。広告費も潤沢で、アイデアを実現する力があった。
その土壌の上に、久米さんの“エンタメ的な報道”は咲いたのだと思います。
そして気づいたのです。
今、僕たちが当たり前のように目にしているニュース番組やワイドショーの演出手法。
その多くが、すでに「ニュースステーション」で確立されていたのだと。
けれど、久米宏の進化は“個人”で完結してしまった
本の中で久米さん自身も語っていますが、彼は「やり尽くした」と言います。
たしかにその言葉通り、報道の新しい表現は久米さんのところで一度、完結してしまったのかもしれません。
でも、問題はその先。
誰も“その魂”を引き継がなかった。
彼が生み出したものは偉大だったけれど、それが“属人的”なものとして終わってしまったのは残念だったな、と感じました。
自己完結じゃ、だめなのかもしれない
この本を読んで思いました。
人は、成し遂げるだけじゃなくて、誰かに渡すことまでが人生なんじゃないかと。
だからこそ、自分のスタイルを確立することにも意味がある。
自分のためだけじゃなく、次に続く誰かのために。
それが、文化を生むということかもしれません。
まだ、自分の“スタイル”を確立できていない僕だからこそ
僕はまだ、久米さんのような「伝え方のスタイル」を持てていません。
でもだからこそ、この本はひとつの指標になった気がしました。
自分が何を信じ、どう発信し、誰に残せるのか──。
そんな問いを静かに胸に置きながら、
日々の“伝える仕事”に向き合っていきたいと思います。
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