【TEALABO channel_41】「技術の頴娃、伝統の知覧、経営の川辺。」雇用を守り抜く、松崎製茶の生存戦略 -松崎製茶 下之門正浩さん-
鹿児島のブランド茶である「知覧茶」の作り手を直接訪ねて、その秘めたる想いを若者に届けるプロジェクト「Tealabo Channel」。
日本茶は全国各地に産地があり、各産地で気候や品種、育て方が違います。そんな違いがあるから「知覧茶」が存在します。一年を通して温暖な気候がもたらす深い緑色と甘みが特徴である知覧茶の作り手の話を皆さんにおすそ分けします。
第41回目は、松崎製茶の下之門正浩さんにお話をお伺いしました。
はじめに
日本一の茶産地として知られる鹿児島県南九州市。知覧茶の産地には、三つの異なる顔を持つエリアがあるのをご存知でしょうか?
圧倒的な技術と規模で知られる「頴娃(えい)エリア」、長い歴史とブランド力を誇る「知覧エリア」、そして有機栽培と効率的なシステムを追求する「川辺(かわなべ)エリア」 。

僕たちは、単なるお茶農家を目指しているわけではありません。この産地で、一つの『企業』としてどう生き残るかを常に考えています。
そう穏やかに、しかし力強く語るのは、川辺地区で松崎製茶を率いる代表取締役の下之門正浩さん 。10名を超える年間雇用スタッフを抱え、野菜栽培との多角化によって「農業の常識」を塗り替えようとする、その戦略と思いに迫りました 。
警察官から経営者へ。フラットな視点で捉え直した「事業」への転換

下之門さんの歩みは、地元を一度離れたところから始まりました。地元の川辺高校から鹿児島国際大学の経済学部に進み、卒業後に選んだ道は、意外にも京都での警察官としての生活でした 。
お茶とは全く無縁の世界に身を置いた下之門さんでしたが、その経験は決して遠回りではありませんでした。しばらくして鹿児島に戻る決断をした背景には、「もし家業を継ぐのであれば、早いうちがいい」という自身の確信に加え、何より、幼い頃から自分を信じ、愛情深く育ててくれた祖父母への感謝の思いがありました 。
家業に入ってから約15年。現場で汗を流し、一歩ずつ信頼を積み重ねてきた下之門さんは、お父様から約1年前に満を持して代表取締役のバトンを受け継ぎました 。
下之門さんが経営の舵取りを担う上で大切にしてきたのは、自分たちの仕事を少し引いた場所から「フラットに眺めること」でした。大学で学んだ経済の知識や、異業種で先輩からさまざまなことを学び、培われた客観的な視点は、家業を一つの「事業」として捉え直すための、大切なきっかけになったのです。
また、小学校から高校まで打ち込んだ剣道での経験も、背骨となっています 。厳しい稽古で培った忍耐力や、礼儀作法、心の持ちようといった精神は、場所をきれいにして仕事に臨むといった現在の茶づくりの姿勢にも、ゆるやかにつながっています 。
技術の頴娃、伝統の知覧、そして「経営の川辺」へ

南九州市の中でも、川辺地区は収穫が遅い「奥手(おくて)」のエリアです。早場産地が新茶の初値で盛り上がっている頃、川辺のお茶が市場に出る時には、すでに価格が落ち着いてしまっているという宿命がありました 。
下之門さんは、この状況を打破するために独自の戦略を組み立てました。自園の茶が摘めるようになる前の4月前半、まだ稼働していない自社工場を活用し、早場産地である頴娃や知覧などのお茶農家から生葉を仕入れて委託加工を始めたのです 。
工場の稼働率を高め、産地の「遅さ」を補完するこの動きは、川辺でも稀な取り組みです 。
同じ土俵で戦って勝てないと思ったら、
別のところに行かなければなりません
下之門さんは産地の個性を「頴娃の技術」「知覧の伝統」、そして「川辺の経営」と表現してくれました 。奥手の産地だからこそ、システム化と経営効率を突き詰め、市場の波に一喜一憂せず、着実に次の代へとつないでいける体質を作ること。
「経営がないと技術も維持できない」というお父様から引き継いだ、強い信念のもと、川辺という場所から産地全体の安定を支える。これこそが、彼が導き出した「経営の川辺」としての生存戦略なのです 。
従業員の生活を守る「多角化農業」。野菜栽培で実現する年間雇用の形
松崎製茶の現場を訪れて驚くのは、スタッフの多さとその活気です。繁忙期だけ人を雇うのが一般的な茶業界において、松崎製茶は10名を超える年間雇用スタッフを抱えています 。
一番の課題は、お茶がない閑散期にどう仕事を作るかでした。そこで取り組んだのが、お米づくりや、玉ねぎ、ブロッコリー、キャベツといった野菜の栽培を大規模に組み合わせることでした。

これは単なる副業ではなく、10名を超える従業員が「安心して、年間通して働き続けられる場所」を作るための、経営者としての責任の形です 。
冬場の圃場を有効に活用して仕事を作ることで、スタッフは「仕事がなくて休まなければならない」という不安を感じることなく、年間を通じて安定した生活を送ることができます 。
従業員の方が安心して働けるようにするのが、経営者である私の仕事です。
単なる「農家のお手伝い」ではなく、地域の農業を支える一人のプロフェッショナルとして仲間を迎えたいという下之門さんの思い。

お茶と野菜が共に育つその豊かな光景は、彼が築き上げた「人を大切にする農業」の形を、何よりも雄弁に物語っています 。
現場の力と経営の舵取り。関わる人すべての「幸福」が描く知覧茶の未来
現在も現場の第一線で茶づくりを支えるお父様(会長)との関係について、下之門さんは深い敬意を込めてこう語ります。

職人としての技術や積み重ねてきた経験では、父には一生勝てない、叶わないと心から実感しています。
卓越した技術を持つ父を深く尊敬し、現場のことは信頼して任せる。その一方で、自分は経営者として組織がどこへ向かうべきか、その舵取りに専念する 。この役割分担があるからこそ、松崎製茶は揺るぎない一つのチームとして進化を続けています。
そんな下之門さんが、経営のプロフェッショナルとして一番大切にしている指標があります。それは数字だけではなく、関わる人たちの「幸福度」です 。
僕の究極の目標は、ここで働く従業員や生葉を届けてくれる生産者の皆さんも、支えてくれる家族、そして、うちのお茶を手に取ってくれるお客様、松崎製茶に関わるすべての人が『幸せだな』と感じてくれる関係性を作ることなんです。
技術の頴娃、伝統の知覧、そして経営の川辺。知覧茶を支える三つの産地がそれぞれの強みを認め合い、補完し合うことで、産地全体の未来はもっと明るくなっていくはずです 。
一人のリーダーとして、そして地域の未来を担う一人の人間として。下之門正浩さんが描くのは、お茶という一筋の光を通して、関わる人すべての人生が豊かに循環していく未来です。次世代が「ここで働いてみたい」と自然に憧れるような、強くて温かい組織。
松崎製茶が紡ぐ新しい農業の物語は、これからも多くの人の笑顔を守りながら、さらなる未来へと続いていきます。

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【プロフィール】
下之門正浩(しものかどまさひろ)
有限会社松崎製茶 代表取締役
1987年川辺町生まれ。川辺高校卒業後、鹿児島国際大学へ進学し、卒業後は京都府警察に奉職その後就農。近年は自社商品の販売や地域イベント活動にも積極的に参加している。
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