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「私にはキャリアがない」と思っていた。50代、自分の棚卸しをして気づいたこと



「私には、これといったものがない」

40代、50代になると、ふとそんなことを思うことがある。

特に、これからの働き方を考え始めたときだ。

例えば、

資格は特にない。
ずっとパートだった。
子育てで仕事を離れていた。
正社員ではあるけれど、特別な仕事をしてきたわけでもない。

求人サイトを開けば、「経験者」「即戦力」「資格保有者」。
それを見ているうちに、
「私にはキャリアなんてない」

と思ってしまう。

私も、教師しかしてこなかった。

資格なんてないし、社会じゃ通用しないよね…なんて、つい最近まで思ってた。

でも最近、気づいたの。

キャリアがないんじゃない。
自分がやってきたことを、キャリアだと思っていないだけなんじゃないかって。



母は、普通の主婦だった

いわゆる「キャリアウーマン」なんて言葉の真逆の人。

でも母は、いろいろなことに興味を持つ人だった。

編み物を習ったり、アートフラワーを習ったり。

最初はもちろん、仕事にしようなんて考えていなかったと思う。

「やってみたい」

ただ、それだけだったのではないだろうか。

ところが、続けているうちに上達して、やがて人に教えるようになった。

自宅に人が集まり、小さな教室になった。

今でいう「自宅サロン」みたいなものだったのかもしれない。

母は「起業するぞ!」なんて言ったわけではない。

好きなことを習う。

続ける。

人に教えられるようになる。

気づけば、それが仕事になっていた。

今思えば、すごいことだ。



親戚のおばちゃんの料理は、いつもすごかった

親戚に、なんでも手作りしてしまうおばちゃんがいる。

料理がとにかく上手だった。

遊びに行けば、

「これ食べ」

「これも作ったで」

と、次々に出てくる。

しかも、おいしいだけじゃない。

体のことを考えたものを、当たり前のように作ってくれる。

本人にとっては、特別なことではなかったのだと思う。

長年やってきた、いつもの料理。

でも、周りから見れば、

「それ、すごい!」

なのだ。

そして、その娘である私のいとこは、今、カフェを経営している。

始めたのは、20代でもない。

40歳を目前にしてからだ。

母親の料理を見て育ったことが、直接の理由だったかどうかはわからない。

でも私は、なんだかおもしろいなと思う。

誰かの日常だったものが、次の誰かの仕事につながっていく。

人生って、そういうものなのかもしれない。



では、私は何を持っているんだろう

そんな女性たちを見ながら、自分のことも考えるようになった。

私は長く教師として働いてきた。

でも、これから先もずっと同じ働き方をするのかと聞かれたら、正直、わからない。

50代。

体力だって若い頃とは違う。

「この先、私はどう働きたいんだろう」

そう考えることが増えた。

そこで最近、自分の人生を少しずつ棚卸ししている。

何ができる?

ではなく、

何をやってきた?

何が得意?

だけではなく、

何をしていると楽しい?

人より優れていることは?

ではなく、

人からよく頼まれることは?

そうやって問い方を変えてみる。

すると、少しずつ見えてくるものがある。



「好きだったこと」も棚卸ししていい。

私は昔ながらの発酵食に実は興味がある。

味噌、麹、甘酒。

昔の人が当たり前に作っていたものには、知れば知るほどおもしろさがある。

甘酒は手作りをしている。ほっとする味。
塩麹も作っている。
興味が高じて、発酵料理のインストラクターの資格も取った。

だからといって、今すぐ何か仕事を始めるわけではない。

まだ何もできていない。

それでもいいと思っている。

いつかのために、準備をしている。

50代になると、何かを始めるとき、

「それ、仕事になるの?」

「今からやって意味ある?」

と、つい答えを急いでしまう。

でも20代のように、最短距離でゴールへ向かわなくてもいいのではないだろうか。

興味があるから学ぶ。

好きだから続ける。

もう少し知りたいから資格を取る。

その点と点が、数年後につながることだってある。

母がそうだったように。

いとこが40歳手前からカフェを始めたように。



まず「できること」を10個書いてみる

もし今、

「私にはキャリアなんてない」

と思っているなら、一度、これをやってみてほしい。

自分がこれまでやってきたことを書いてみる。

料理を20年してきた。

家計を管理してきた。

子どもを育てた。

PTAをやった。

接客をしてきた。

人の話を聞くのが得意。

職場で新人によく仕事を教えている。

町内会の行事を仕切った。

Excelなら少し使える。

花を育てるのが好き。

そんなことでいい。

いや、そんなことがいい。

自分にとって「普通」のことほど、自分では価値に気づきにくいからだ。

料理が得意な人は、

「料理くらい誰でもする」

と言う。

人の話を聞くのが上手な人は、

「聞いているだけ」

と言う。

段取りが上手な人は、

「普通にやっているだけ」

と言う。

でも、その「普通」を苦手としている人は、世の中にたくさんいる。



キャリアは、会社の中だけにあるものじゃない

私は以前、キャリアという言葉を聞くと、

役職。

資格。

専門職。

何年勤務。

そんなものを思い浮かべていた。

でも今は、少し違う。

その人が生きてきた時間そのものが、キャリアなのかもしれない。

主婦だった時間も。

パートで働いた時間も。

子育てに追われた時間も。

親の世話をした時間も。

趣味に夢中になった時間も。

全部、何かを身につけてきた時間だ。

それを仕事にするかどうかは、あとで考えればいい。

転職するかどうかも、副業をするかどうかも、その次だ。

まずは、

「私には何もない」

と言うのをやめてみる。

そして、自分の人生を一度、棚から全部下ろして眺めてみる。

「あれ? 私、こんなこともやってきたんだ」

そんなものが、きっと一つや二つ出てくる。

50代は、ゼロから始める年代じゃない。

すでにたくさん持っているものの中から、

これからの自分に持っていくものを選び始める年代なのだ。

私もまだ、その途中にいる。

でも、それでいい。

いつかのために種をまく。

そして、その種が何になるのかを楽しみにしながら、もう少し歩いてみようと思っている。

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