人間は「感動」するために生きている。
今日は母校の合唱祭を見に行ってきた。
是非とも見に行きたいと思っていた母校の合唱祭だ。
合唱が始まろうとすると、賑やかな状態から一変、場の空気が静まり返る。
静かな時が流れる。
その空気感の中、ナレーターの声が各々の合唱曲の世界観を上手く表現している。
不思議なことに、その時から、その世界に吸い込まれる感覚に陥る。
歌い出しの前、指揮者と伴奏者のアイコンタクトが行われる。
呼吸を合わせているのだ。
指揮者と伴奏者のタイミングが統一される。
美しい伴奏の音色が奏でられている。
他の観客も、何故だかその世界に吸い込まれているようだ。
そして、歌い出し。
美しい声の音色が、会場中に響き渡る。
ノイズが入らぬよう、私たち観客も息を飲む。
指揮者、伴奏者、合唱者全員が一丸となる。
各々のパートの声が混ざり合い、独自の世界観を生み出している。
もう完全に聴き入っている。
音の強弱がしっかりしており、上手く世界観を表現している。
最後には力強い歌声が響き渡る。
合唱が終わった。
一瞬、再び静まり返る。
不思議な感覚だ。
その後、盛大な拍手が届けられる。
指揮者、伴奏者、合唱者全員が達成感に満ち溢れているように見えた。
そして、多くの観客がこの合唱祭を見に来ていた。
合唱自体は、全体で30分程だった。
本当に限られた短い時間であったが、この合唱のために、多くの観客が見に来ていたのだ。
人々は何を求めてこの合唱祭に集まったのか。
合唱が終わり、私はあるひとつの答えに辿り着いた。
みんな「感動」を求めてこの地に集まったのだろう。
今回の合唱祭に参加させていただいた私は、そう感じた。
人間は何のために生きているのだろうか?
その答えは、次のようであるように思う。
人間は「感動」するために生きている。
確かに、私も「感動」したいと思い、今日の母校の合唱祭を心待ちにしていた。
「感動」は生きる力の源泉であり、人生の質を高めてくれる尊い存在なのだ。
