詩)奥底から出てきたのは
夏のある日。
ズボンのポケットに手を入れたら、「パリッ」とおかしな感覚。
取り出してみると、ポケットの奥底からセミの抜け殻がでてきた。
ああ、去年の夏に子供に「持ってて」と言われたな。
子どもが産まれた時に、僕はこう誓った。
「この子がやりたいことは、どんなことでも全力で叶えてあげよう」
か弱い小さな手を握り締め、僕はそう心に決めたのだ。
子どもが夢を目指す、何かチャレンジする、好奇心を潰さない、こういう大きな視野で誓ったことだった。
だが、その線引きができないまま、今に至っている。
「挑戦したいから見てて」はOKで、「このお花を持ってて」はNGなのか?という自問自答をし始めたら、妙に哲学的な森に自ら迷い込んでしまった僕は、気づけば「セミの抜け殻を無くさないように持ってて」という願いも受け入れていた。
つまり僕は、どんな小さな依頼でも、こちらが物理的に不可能でない限りは、甘んじて受け入れてきたのだ。
気づけば、基本的な僕の役割は娘たちの荷物持ち。頼まれたらなんでも持っている。
僕の確実な持ち歩きっぷりはまるでりくりゅう。落とさない、無くさない。
これまで持ち運んだ物は数知れず。様々な物をポケットの奥底にしまってきた。
子どもに持っとくよう頼まれたマジでただの小石、落ちてた木の皮、無数のドングリ、イガグリ、袋に入った大量のダンゴムシ、舐めかけの飴、食べかけのうまい棒、たまたま公園に落ちてて子供が「化石や!」と大騒ぎした、どう見ても単なるサザエの壺焼きの殻(誰や普通の公園でバーベキューしたん)、子供が「宝石見つけた!」と大事そうに持ってきて、「絶対に無くさないで!」と強く念押しされたものの、ただ不気味でしかなかった折れた付け爪などなど。
僕は時折、空を見上げて「いや、俺がか弱い小さい手を握りしめて誓ったん、サザエの壺焼きの殻を持っとく為とちゃうんやけどな」と呟く。
そんな、よく言えば鷹揚な父親として、悪く言えば理想と現実の間で揺れる迷える中年として、去年はセミの個人的な成長の証をポケットに入れたままにしていたんだった。
まさか今年まで持っているとは。
「この一年、お前もまた地中に戻った感覚になったんちゃうか」
と、セミの抜け殻に語りかけた。
「お前も、迷ってるやろ」
セミの抜け殻は無論無言だった。
去年の夏はやけに暑かった。今年はどうだろうか。
冬のある日。
寒くなってきたので、久しぶりにフリースを出した。
ポケットに手を入れたら、奥底で「カサッ」と馴染みのない感覚が指先をとらえた。
出してみると、カピカピのティッシュがでてきた。
ああ、去年、子供の鼻水をよくふいたなと思い出した。
去年、うちの子供はいつも鼻水を垂れていた。
僕はポケットに入れられるだけティッシュを詰め込み、外出していた。
子どもの鼻水が出るたびに、僕がポケットからシャッとティッシュを出して、鼻水をサッと拭う。その手捌きは、ライク源田たまらん。見えない握り変え。
子どもの鼻水が止まるか、僕のティッシュが尽きるか、チキンレースを繰り広げる日々だった。
鼻水拭き24時間耐久レースを勝ち抜いた、勝利の勲章が、このカピッシュだったのだ。
今年の冬も、子どもらは鼻水を垂らすのやろうか。
ちょうど今、花粉症で僕自身が垂らしているが。
久しぶりに。
何年かぶりに、ウェストバッグを出した。
するとそのバッグの奥底から、一枚のおむつが出てきた。オフコース使用前。
いつ漏らしても良いように常に持ち歩いていたんだった。
子どもの決壊がいつ起きても良いように、親としての最終兵器。
「何かあった時のために(もしくは何も無かった時のために)」冷凍庫に常備してある日清の冷凍餃子のような存在。
こいつがいれば安心という絶対的な安心感。
タイガースにとっての岩崎、ライオンズにとっての平良、バファローズにとってのマチャド。それが我が家にとってはムーニーだった。
「9回裏二死満塁だが、頼むぞ」と肩を叩くと、無言で修羅場に出向いて火消しをしてくるムーニー投手。全てを包んで丸く収め、まるで何事も無かったかのように、この世に平和を取り返してくれる救世主だった。
次女ももう来月には小学生。おむつを持ち歩かなくなって久しい。
気づけばおむつ自体がもう家からない。
絶対的な安心感を与えたクローザーは、今求められる場所で活躍しているのだろう。
次、おむつを持ち歩くことがあるとしたら、孫用か、自分用か。
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