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【晴れた日に】#シロクマ文芸部

晴れた日に先生に会うことなどほとんどない。
仕事で会う時もそうでないと時も、厚い雲に空が覆われている。
「雨男とは言われたことないけど。キミが原因なんじゃないの?」
「僕もそんなことないです。ロケでスタッフ泣かせたりしませんよ」
ならばふたりの組み合わせが悪いのだろうか?
先生の家(と言っても、仕事用に借りているマンション)に行く日ですら、天気が良いことはあまりない。
「まぁ…こうして外で会う時はあまり天気が良くてもね」先生は言う。
「お天道様にお見せしていいことをするわけじゃないし」
先ほどまでふたりで近くの歩道橋の上にいた。
周囲を見渡す。
「ここはダメだな」
先生が言う。
僕が下見に付き合うのはこれで2度目だった。
前は映画のロケ先だった。
地元でこんな感じに先生の仕事に付き合うのは初めてだった。
先生のやり方は押す・・だけ。だから先生に持ち込まれる案件は「事故死に見せかけて」という条件があるものだ。
「あのカメラに全部映る」
故に転がり落ちたターゲットに駆け寄り助けるパフォーマンスが必要になる。
「面倒ごとは避けたい」
「そうですね」
先生はターゲットの職場の入っているビルに向かった。
あまり大きくないオフィスビルの階段を僕と先生は登っていた。
4階建てのビルには一応エレベーターもついている。
3階にある弁護士事務所に勤めるターゲットは昼休みで今は外に出ている。彼はエレベーターは使わない。
一度、機械の故障で閉じ込められて以来、彼はここのエレベーターには乗らなくなったのだという。
先生はそういうことまでこの4日間で調べている。
階段はビルの真ん中にあって、1階は入り口ドアを入ると郵便受けの並ぶエントランスと警備室があり、階段を挟んで右手、ビルの奥の方に「長谷川事務所」という司法書士事務所がある。その事務所の主がこのビルのオーナーでもあるらしい。
ビルは昭和の終わり頃の建物で、オーナーは2代目。
2階には「黄島建築設計」のプレートが貼られたドアが階段の左手に、そして右手にあるドアの前には「満願堂」という立看板が置かれてあった。
「何屋なんでしょう?」
先生は何も答えない。そのまま満願堂のドアの前に立つ。
「骨董屋というより古物商」
先生がドアを開けるとカランカランと乾いた音がした。
見るとドアに古く大きなカウベルがついていた。
「おや、作家先生」
窓際の机に座っていた、60代前後、先生より少し歳上の男性が顔を上げた。
部屋はあまり大きくない。
古物商というが物はあまり多くない。
ただ壁際には引き出しがたくさんあった。
そして、男の後ろの窓からはさっきいた歩道橋が見えた。
「先日のジッポライターが気になって」
先生は言った。
「ありますよ」
店主はニヤリと笑った。
「あとこの子にペーパーウエイトを見せてくれないか?」
そう言って僕を見た。
店主は壁際の引き出しから先にジッポライターを取り出して、広げた羅紗の上に置いた。
「ペーパーウエイトはどのような物が好みで?」
店主が僕を見た。
「ほら、この間、いいなと言ってたあれだよ。この子が気に入ったらプレゼントしようと思って」
店主は「あぁ、あれですね」と言って別の引き出しの前に立った。
先生は屈んでジッポライターを見ていた。
「階段、補修終わったんですか?」
唐突に先生が言う。
「おかげさまで。と言っても階段を使うのは2階に用がある我々と、3階のボウヤ弁護士先生だけですけどね。だから、この間の工事はボウヤのためにしてたようなものですよ」
ボウヤとはターゲットのことだろう。店主の言葉に若干の棘を感じた。
「滑り止めが引っかかるって、わざわざ外させたんだ」
青い羅紗に包まれたそれはガラス製のペーパーウエイトだった。
「長谷川さんも人がいい。ボウヤのいうことを聞く必要などないのに」
と先生に言ったあと、店主は僕に「どうぞ。作家先生のおすすめです」と言った。
イギリスアンティークだというそれは、ほど良き大きさのペーパーウエイトで、セピアのインクを垂らしたような模様が入っている。
「先生のところのものによく似ている」
僕が言うと先生はフッと笑った。
「君がいつも褒めるからね」
店主は僕が「先生」と呼ぶのを聞いて、少し驚いたような顔をした。
「作家先生は本当に作家先生なのかい?」
僕はペーパーウエイトから目を離し、店主を見る。
店主は僕の顔をじっと見てから「あ」と声を漏らした。
「探偵…街角の探偵の…」
僕はマスクをしていたがどうやら身バレしたようだ。
「じゃあ、先生というのは、街角の探偵を書いている…」
店主は今度は先生の顔をじっと見た。
「いやいや。失礼しました。作家さんの顔なんて見ることないから」
先生は作者近影など本につけないので、インタビュー記事でも読まなければ顔はわからないだろう。
先生は見ていたジッポライターの購入を決めたようだった。そして僕が見ていたペーパーウエイトも購入すると言った。
店主は丁寧にそれらを小さめの羅紗包んで、それぞれに似合った大きさの箱に入れた。
ふと、先生が窓の外に顔を向けた。
つられて僕もそちらを見た。
背広姿の男がひとり歩道橋の上を歩いていた。
顔が見える距離ではない。
でもそれがターゲットだとわかった。
「自分がなおさせた階段で転んだら、出来過ぎだよなぁ」
先生が言った。
「そうですねぇ」
箱をそれぞれ手提げ袋に入れた店主が言う。
「作家先生もそこまで出来過ぎの話は書かないでしょう」
「そうだねぇ。書かないなぁ」
先生は言った。
窓の外から男の姿が消えた。
あと5分ほどで男はこの階段を登って来るだろう。
会計を済ませる先生の背中を僕はじっと見つめていた。



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