【小説】クマバチの知らせ
今でもクマバチを見ると思い出す。小学校最後の『お楽しみ会』の日、僕は不思議な体験をした。
「いってらっしゃい」
その日は朝からおかしな日だった。いつもは些細なことで妹の美優とケンカをし、お母さんに「早くしなさい!」と怒鳴られて家を出る。それなのにその日に限ってケンカもなく、お母さんは僕たちをニコニコと送り出してくれた。
僕は『お楽しみ会』で司会をすることになっていたが、もともと人前で話すのは苦手だ。何で引き受けてしまったのか……。考えただけで、気が重い。
重い気持ちを抱えたまま教室に入ると、クラスメイトの時田晃佑が挨拶もそこそこ話しかけてきた。
「おい……篠崎、今日来るかな?」
篠崎というのはクラスメイトの篠崎凛のことだ。クラスの女子とあまりうまくいっていない。
きっかけは社会科見学だった。班ごとに見学してまわるときに、篠崎は自分勝手な行動をとったらしい。
その場にいた女子が言うには
「凛ちゃんはなんでも自分で決めたがるから、みんなの意見を聞いたがいいよって言ったの。そしたら……」
「みんながモジモジしてるから決めてあげたのに」
“あげた”がダメだ。そういうのは反感をかう。案の定、その場ではみんな黙ったが後からクラスの女子たち全員がこの事で怒っていた。そう、ものの見事に全員が。
そんな中、この『お楽しみ会』を企画することになった。篠崎は係決めのときにどの係にもならなかった。それは篠崎の意思なのか、女子たちがあえて声をかけないようにしたのか僕には分からない。
でも担任の遠山先生は、篠崎一人だけ係が決まらなかったことに対して「みんなの思いやりのなさがまねいたこと」、これは「クラスメイト全員の責任だ」と言った。先生の強い口調にショックを受け泣き出す女子もいたが、先生は「みんなで考えなさい」と言ってその時間を終えた。
その後「凛ちゃん。私たちと一緒の飾り付け係にする?」と声をかけた女子がいた。篠崎はうつむいたまま、やるといった。
係決めの次の日から篠崎は休み時間になるとどこかへいなくなるようになった。
そんなわけで篠崎は今日はお休みするのではないかと僕と時田は思った。ところが予想に反してチャイムが鳴るとほぼ同時に篠崎は教室へ来た。時田は「あ!」と思わず言いかけて口を押さえた。それを横の女子がジロリと見た。
授業はいつもと同じように淡々と進んだが、篠崎はずっと窓の外をみていた。僕は僕で、司会をする“重圧”から授業は全く耳に入らなかった。
中休みになると、誰かに声かけられる前に僕は校舎の裏にいった。きっと誰も来ないから一人になれる。芝生に腰をかけて、空を眺めていたら少し気持ちが落ち着いてきた。雲がドーナツの形に見え、おなかが鳴った。
そのときだ。耳障りなぶーんという音で思わず身構えた。
(蜂?!)
僕は虫が嫌いだ。怖い。とにかく逃げよう! 慌てて逃げようとしたら女子が視界に入った。
「あぶないよ!蜂がくる」
そう声をかけたら、女子は振り返った。
「篠崎!……さん」
篠崎は僕がいたことにも一瞬驚いたが、僕のそばにいる大きな蜂にもっと驚いた顔をした。
「こっち!」
篠崎は僕の手を引っ張って走り出した。ぐんぐんと引っ張っていく。僕は蜂から逃げているのか、篠崎に連れていかれているのか、よく分からなくなってきた。
(どこへいくんだ? このまま『お楽しみ会』も逃げる? それもアリか?)
僕がくだらないことを考えていたそのときだ。
ストン!!!
急に体が宙に浮いたような違和感の直後、僕たちは穴に落ちた。
「った!!いってぇ!!」
盛大にしりもちをついて痛い。ところが篠崎は立ち上がり涼しい顔をして歩き出した。
「びっくりしたね、篠崎…さん」
「呼び捨てでいいよ? いつもそう呼んでるんでしょ?」
「あ、ああ、うん、じゃあ篠崎」
あっさり指摘されて、なんか恥ずかしい……。僕は下を向いた。僕の足元には、蛍光ピンク色の花が無数にあった。
「ねえ……ここ、どこ?」
僕が不思議に思うと同時に篠崎が言った。
蛍光ピンク色の花の周りには、蛍光グリーン色の葉っぱや、ダンボールに絵の具で塗ったような木があった。まるで誰かが工作したみたいだ。でも上を見上げると、大きな穴が見える。
「僕たち、変なとこに落ちちゃったのかな? やばくない?」
「助け呼んでみる?」
「うん、せーの」
「だれかー!」
「助けてー!」
篠崎と僕の台詞は見事に食い違った。
「え、そこは『だれかー』でしょ?」
ともっともらしく、篠崎。
「助けて欲しいんだから『助けてー』じゃん?」
と、僕。
少しだけふくれた顔をした篠崎はそのままグングンと歩いていった。
「どこいくの?」
僕の質問には答えず、篠崎は奥へ進みダンボールの木に登って穴に手を届かせようとしている。いやいや、それは無理なんじゃないの? 明らかにダンボールみたいだし、穴までの高さもけっこうある。
ドスンっ。ダンボールが破れて、痛々しい音が響いた。
「大丈夫??」
篠崎は僕の声が聞こえてないかのように、再び強行突破を試みている。何度か声をかけたが全く聞いてくれない。僕は彼女の説得は諦めることにした。
かといって、同じように登ってみようとは思えないので、まずはせめて落ちてきたときに痛くないように……。きょろきょろと辺りを見回すと、ここに不釣り合いな柔らかそうなクッションがあった。それに、飲み物とお菓子も。
(なんだここは?)
誰かの家の中みたいだ。お菓子は怖くてとても食べられないけども……。
三回目くらいのトライのとき、すかさずクッションを差し出した。篠崎は自分のお尻の下にあるそれをみて
「ありがとう」
ようやく僕の顔を見てくれた。
「今ごろ、お楽しみ会始まってるかな?」
「そうかもね。私はやりたくなかったから、ラッキーって感じ」
そうでしょうとも……。
「実は僕も……」
「え、そうなの? 張り切ってるかと思ってた」
「小学校最後だから楽しもうみたいな空気もきゅうくつっていうか…」
「司会じゃん!」
「あれは……。クラスみんなの空気に断りづらくなった、と、いうか……」
篠崎は大きい目をまんまるくして僕を見た。しばらく僕たちは「実は苦手なイベントあるある」を話した。意外にも意見が一致することが多く、僕は篠崎に親近感を感じた。
その後、もう少しこの穴の中を調べてみようということになった。収穫は二つあった。一つは、この穴の中は広くなく一番端から端まですぐに歩けた。そして、端をぐるっと歩いていたら扉を発見した。
「開かないね」
扉には鍵がかかっていて、びくともしなかった。
二つ目は、さきほど発見した飲み物とお菓子の近くにメモがあったことだ。メモにはこう書いてあった。
『壊れないものを探せ』
「ねぇ、もしかして、私たち誘拐されたんじゃない?」
「え?」
篠崎の言葉に僕は心臓がどきどきと打つのを感じた。もしこれが誘拐だとしたら、なんとしてでも逃げないと。それにしても壊れないものってなんだ?
「この世に壊れないものなんてないよ」
ポツリと篠崎は呟いた。
僕たちが穴に落ちてからけっこう経った。たぶん、何時間かは過ぎたと思う。そろそろ先生や親だって心配し出す頃なのではないか。僕はSOSを知らせる方法を考えていた。
「きゃあ!」
そのとき、穴の中を再び調べていた篠崎の悲鳴が聞こえた。僕が慌てて駆け寄ると、そこにはあの蜂がいた!
やばい!ここまで入ってくるとは!! 蜂はこちらが危害を加えなければ、どこかに行くと聞いたことがあるが、篠崎は慌てて手で払おうとしているため、余計に蜂は篠崎に向かっていた。僕は思わずとっさに掴んだクッションを蜂めがけて投げた。すると運よく蜂は退散した。
「よかった……」
でも僕のそんなホッとした気持ちは、一瞬で打ち消された。再び何匹もの蜂が穴の上からやってきたのだ。
「うわぁーーーーーー!」
僕たちはそこで気を失ってしまった。
◇
気がつくと僕も篠崎も病院にいた。芝生で倒れているところを用務員の先生に発見されたらしい。気を失っていたので念のため検査したが異常なしだった。
病院から戻り、僕と篠崎は親と先生に自分たちに起きたことを説明した。しかし、僕たちが落ちた大きな穴はどこにもなかった。
一通りの調査のあと、僕たちの事件は「疲れて夢でもみていたんだろう」と言って片づけられた。
『お楽しみ会』は延期になっていた。僕たちが急にいなくなったことは「具合が悪く早退した」と説明されていたようだが、心配したクラスのみんなが話し合ってそう決めたらしい。今頃やっているだろうと思っていた僕は少しくすぐったい気持ちになった。
特に篠崎には数名の女子が具合を心配していた。篠崎は少し泣きそうな顔でみんなに「ありがとう」と言って、次の日から休み時間にいなくなることもなくなった。延期した『お楽しみ会』当日の飾り付けも、みんなの意見を聞きながら一生懸命やっていた。
僕も頑張って司会をやり遂げ、小学校生活最後の『お楽しみ会』は幕を閉じた。
後日、僕は篠崎ともう一度校舎の裏へ行き、穴があったはずの場所を調べてみた。あれが夢だなんてとても思えない。篠崎も同意見だった。それでも穴はなかった。
「君たち、クマバチに会ったんじゃないか?」
僕たちが諦めきれず座り込んでいるところへ用務員の先生が来た。
「え? はい、そうです。クマバチかは分からないけど、大きな蜂でした」
「ふぅむ……。実は前にも同じこと言う児童がいてね」
用務員の先生がいうには、数年前も芝生で寝ている児童を発見し、どうしたのか訊ねたら「蜂から逃げて穴に落ちた。疲れて穴の中で寝てしまった」と言い出したらしい。
僕たちはびっくりしてお互いに顔を見合わせた。
「きっと君たちになんか知らせようとしたんだろうねぇ。クマバチは優しい蜂だからね」
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