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komatam52nz
今日も舞います、仕舞います
今日もカミさんは晩ご飯をつくってくれている。
今日も私は、床に落ちたモノを拾ってまわる。
子どものリュック、子どもの脱ぎ捨てた服、子どものおもちゃに子どもの帽子。ときどきカミさんのエコバッグ。
続けて洗濯物を所定の場所へ。机の上のものも所定の場所へ。ゴミはまとめてゴミ箱へ。あれもこれも、所定の場所へと片づけ仕舞う。
そう、「しまう」とは「仕舞う」なのだ。
今日も私は、淀みなく迷いなく動いて回る。チョロチョロ動くその姿は、舞いに例えられてしかるべき。踊るのではなく舞うのであるところに、奥ゆかしさと品の良さがにじみ出ると感じている。おそらく家族は感じていない。
語源や正しい使い方は調べていないが、床のモノを拾いながら舞うのだと考える方が精神衛生上よろしいと思うので仕舞うのである。いつもいつも床にモノを置きっぱなしにするなと考え出すとイラっとしてしまうのである。
考えていると、今度は「仕」が気になってきた。
①つかえる。官職に就く。目上の人につきしたがって働く。「仕官」「奉仕」 ②つかまつる。「する」「おこなう」の謙譲語。 ③サ変動詞の連用形「し」に当てて用いる。「仕事」
つかえたり、つかまつったりする意のようだ。つまり仕舞うとき、私は誰かにつかえているということか。或いは、つかまつる誰かがいるということか。
なんとなく奉納っぽい気がしてきた。五穀豊穣の神様に捧げます。
今日も私は、床に落ちたモノを拾ってまわる。五穀豊穣を祈りながら、その方が品があるからと邪に考えつつ仕舞います。
そうして祈るうちに気づくのです。お腹減った。仕舞うのは終いにして、今日も私はご飯を食べたい。お母さん今日のご飯なにー?


