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yesyoshino
あいまいな日本語の、あいまいな路地裏の私
あれは小学生のころ、友達の家で対戦格闘ゲームを楽しんでいた。その名はジョイメカファイト。往年の名作というやつである。たしか。
その中に、ザコという名前のキャラがいた。文字どおりの弱いキャラで、みんな使わないような奴だった。しかし記憶が確かなら、ゲームを進めるとスーパーザコというキャラが追加で出てくる。
スーパーザコ。
強いのか弱いのかどっちなんだい? と聞きたくなる名前だ。実際は強かった。
ザコの中のザコ、という意味ではなかった。ザコという概念を超越した何者かであったらしい。これは実態を見ないと判別がつかなかった。
ところで先日、路地裏の中の路地裏で活動してます、みたいなことを書こうとしてふと気になった。路地裏の中の路地裏ってどこだろう。
路地裏の、さらに奥まった場所のように聞こえる。もともとその意味で考えていた。ただ一周回って表通りな気がしなくもない。
ためらった末、そういえば最低で最高、なんて言い回しもあったなと思い出す。これは最低と最高が両立する稀有な例だ。
路地裏に話を戻そう。路地裏の中の路地裏が表通りだとすれば、路地裏の更に奥まった場所は何と言ったら良いだろうか。
スーパー路地裏だとやはりよく分からない。最低最高にならって、路地裏で路地表はどうだろう。残念ながらこれは両立しなさそうだ。
ムスメが好きな、すみっこ暮らしにならってみようか。路地裏の隅っこ。薄皮一枚で表通りに接しているかもしれない。
これ以上思いつかないので仕方ありません。暫定、路地裏の更に奥まった場所。
今日も私は路地裏の更に奥まった場所へ向かいます。でもなんのはなしですかと呟く限り、どこであっても路地裏は路地裏なのです。
路地裏についてはこちらをご参照願います。💁


