♻️「もし、あの時違う選択をしていたら?」―映画『かくかくしかじか』が教える後悔と幸せの加工法
「もし、あのとき別の道を選んでいたら?」
そんな問いがふいに浮かぶこと、ありませんか。
50代、60代になって、ふと昔を振り返ると、あのときの自分の判断が今の暮らしにつながっているのだと気づきます。
でも同時に、心の奥底には「後悔」も眠っている。
映画『かくかくしかじか』(原作:東村アキコ)は、その後悔に光を当ててくれる物語です。
※ネタバレを一部含みます!
『かくかくしかじか』では、
主人公アキコがさまざまなな場面で人生の選択に迫られます。
観ていて、
もしも違う人生の選択をしていたらなぁと思う場面がいくつかありました。
今回は、その中から3つを取り上げて
人生の選択について考えてみます‼︎
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キャラクター紹介
アキコ(ENFP:夢追い人)
漫画が大好き。感情にまっすぐで、時々迷子になる。
日高先生(ESTJ:厳格な指導者)
口癖は「描け!」。厳しさの奥に愛がある、鬼のような師。
家族や友人(ISFJ:支える人たち)
温かく、ときに呆れながらも明子を見守る存在。
あらすじ
美大をめざす少女・明子が、日高先生に出会い、泣きながらデッサンを描き続ける日々。
「描け!」という声に突き動かされ、何度も逃げ出しながら、やがて漫画家として歩み出す――努力と師弟愛の物語です。
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① 本当に絵が好きだったのか?
石膏像を前に、何時間も鉛筆を走らせる。手はしびれ、涙がにじむ。
彼女は
「絵を描くのが好きだ」
と、日高先生には思われていた。
けれど本当に夢中だったのは「漫画」。
漫画で物語を紡ぐこと。
デッサンは苦しくて仕方なかった。
後悔は、好きでもないことに必死で時間を費やしたこと。
辞めずに続けた絵画教室。
何で辞めないのかな
とも思った
でも、
そのおかげで、基礎力と根性を
手に入れた。
それが後の漫画家としての大きな武器になったのです。
嫌なことから逃げない‼️
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② 仮病で帰った日。もし帰らなかったら?
ある日、アキコは仮病を使って帰ってしまいます。
「今日はもう無理」とバス停に向かう。
帰り道を心配して
日高先生があとを追っかけてくるのです!
日頃は
スパルタで優しさなど微塵もない
日高先生が!
さらに
おんぶしてバス停まで送ってくれる
日高先生。
仮病と悟られず、か、気づいていたのか
日高先生の大きな大きな背中を感じる名シーン。
もし帰らずに残っていたら?
きっと技術は早く伸びたでしょう。
でも、心が折れていたかもしれない。
でも
先生の大きな大きな背中を
感じることが大きな大きな意味があったんだろうなぁと。
逃げてもまた戻れたこと。
その経験が「折れても立ち直れる自分」を育てたのです。
そして
本当の他人への思いやり
も、同時に知ることが出来たのかな。
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③ 師匠に応えられなかったこと
日高先生は願っていました。
「この子と一緒に個展を開きたい」
けれど、
その夢は果たされませんでした。
彼女は漫画家として成功したけれど、
日高先生の期待に応えることはできなかったのです。
これは痛みを伴う後悔です。
でも彼女は、漫画という形で社会に作品を残し続けた。
個展ではなく本や雑誌のページで、
先生の言葉に応え続けた。
日高先生の夢を叶えるために
漫画を描き続けて
世の中の多くの人たちに幸せを
届けているんだなぁと思った
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選んだ幸せ、諦めた幸せ、背負った後悔
①「漫画が好き」と言い出せなかった時間
② 仮病で逃げた弱さ
③ 師の夢に応えられなかった罪悪感
それでも――。
基礎力を得て、立ち直る強さを知り、漫画を世に残す幸せをつかんだ。
人生は「選んだ幸せ」と「諦めた幸せ」、そして消せない「後悔」でできている。
そして、それをどう意味づけるかで“今の自分”が変わると気づかされました
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幸せは、加工された過去の積み重ね
後悔は消せません。
でも、加工することはできます。
「あれは必要な寄り道だった」
「あの日逃げたから続けられた」
「果たせなかった夢も、別の形でつなげている」
そう解釈し直すことで、過去は幸せの材料になる。
50代、60代になると、後悔の数は増えます。
でも、それをどう加工するかで、人生の味わいが変わる。
映画『かくかくしかじか』は教えてくれます。
幸せは未来にあるのではなく、加工された過去の積み重ねの中にある。
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結びに
師に応えられなかったこと。
夢を諦めたこと。
逃げてしまったこと。
そのどれもが、私たちを形づくる。
だから今日もまた、未来の自分が「幸せだった」と言えるように。
小さな一歩を積み重ねていきたい。
