プチトマト ⑧
昼下がりのベランダに、柔らかな春の日差しが差し込んでいる。小さな網の上に並べられた芋が、光を浴びてほんのりと黄金色に輝いていた。風がそよぐたびに、乾き始めた芋がカサリと小さく音を立てる。
さこはしゃがみ込み、その様子をじっと眺めていた。田舎のばあちゃんから送られてきた芋を洗い、スライスにして、こうして天日干しにするのが最近の日課だ。時間とともに表面が乾燥し、ほんのりと甘い香りが漂ってくるのが楽しい。
「ねぇ、見てミズ。食べごろになってきたよ」
網の上の芋を指差しながら、さこは夫のミズに声をかけた。芋の表面がツヤツヤと光っている。
リビングのテーブルに座って、ノートパソコンに向かっていたミズは、キーボードを叩く手を止めてちらりと視線を向けた。
「美味しそうだね」
「でしょ? そろそろ試食してみるね」
さこは芋の一片をつまみ上げて口に運んだ。カリッとした食感のあと、じんわりとした甘みが広がる。まだ完全に乾燥しきってはいないが、それがまた絶妙な味わいになっていた。
「うん、甘い。そしてすごく香ばしい」
「何でも自分で作ると美味しさが増すよね」
「そうなの! 特に芋はその差が出やすいから面白いの」
ベランダには、他にもさこが育てている小さな鉢植えが並んでいる。ハーブやミニトマト、青じそなど、料理に使うための植物ばかりだ。手をかければかけるほど、味の変化や成長の違いを感じられるのが楽しい。
「干し芋作りも、結構手間なんだよね」
「まぁ、準備とかが大変そうだね」
「でも、思ってたより簡単なんだよ。ほら、いまもこんな感じで」
さこはもう一片をつまみ上げて、ミズの前に差し出した。
「食べてみる?」
「うん、じゃあちょっとだけ」
ミズはパソコンから手を離し、指先で芋をつまむ。口に含んで軽く噛むと、じんわりと甘さが広がる。
「ほんとだ、甘い。市販のものよりも優しい味がするね」
「でしょ? 天日干しにすると、香ばしさが増すのもいいのよ」
さこは満足げにうなずいた。
Vチューバーとしての仕事がある日以外は、こうして穏やかな時間を過ごしている。動画編集や企画の準備があるものの、スケジュールは自分で決められるため、日中の時間は比較的自由だ。
夫のミズはフリーランスで、ほぼ家で仕事をしているが、たまに出勤して夜遅く帰ってくる。今日は在宅勤務の日。静かにキーボードを叩く音が、部屋の中に規則的に響いている。
「そういえばさ、Vチューバーの活動でこういう干し芋作りの話をしてみたら?」
「え? それって需要ある?」
「最近、スローライフ系のコンテンツも人気だし、さこの配信スタイルに合ってるんじゃないかな」
確かに、さこの視聴者の中には、のんびりした日常の話を楽しみにしている人も多い。
「なるほどねぇ……今度、動画にしてみようかな」
「そのほうが、普段の活動ともうまく組み合わせられそうだし」
「たしかに。Vチューバーって、ただゲーム配信するだけじゃなくて、こういう日常の楽しみ方も伝えられたらいいよね」
さこは芋を干しながら、ふと昔を思い出した。さこが子どもの頃、タイに住んでいた時期があった。そこでは乾燥させた食材を使った料理が多く、母や近所のおばちゃんたちが天日干しをするのをよく見ていた。
「小さい頃、タイで干したバナナをよく食べたなぁ」
「干したバナナ?」
「うん、完熟したバナナをスライスしないで、そのまま乾燥させるの。甘みがギュッと詰まって、すごく美味しいのよ」
「へぇ、知らなかった。そういうのも試してみたら?」
「いいかも。日本だとあんまり見かけないけど、自分で作れば楽しそう」
さこは、タイでの暑い日差しや、家の前に広がる市場の光景を思い出しながら、これから試してみたいことを考えた。
日が傾き始め、ベランダの干し芋がもう少しで完成しそうだった。ミズは仕事を終え、伸びをしながら椅子から立ち上がった。
「終わった?」
「うん、ひと段落したよ」
「じゃあ、お茶でも淹れるね」
さこはキッチンに向かい、お湯を沸かしながら、干し芋をつまんで香りを確かめた。程よく乾燥し、甘みが増している。できたての干し芋をお皿に盛り、二人でテーブルに並べた湯飲みと一緒に味わう。ミズがゆっくりと噛みしめながら言った。
「うん、美味しい。市販のものよりずっといいね」
「これからも作ろうっと」
そんな何気ない会話の中に、小さな幸せが詰まっている。Vチューバーの仕事とはまた違った、のんびりとした時間。さこは、こういう穏やかな日常も大切にしたいと、改めて思うのだった。
翌朝、さこはいつものように早朝の配信を終えた。
「ふぅ……今日もいい感じだったな」
リスナーとの穏やかなやりとりが、さこの朝の楽しみでもある。配信を終えて軽く伸びをしながら、ふと昨日の干し芋の話を思い出した。ミズの言葉が気になっていた。「スローライフ系のコンテンツも人気」と言っていたけれど、本当に需要があるのだろうか。
「まぁ、とりあえず撮ってみようかな」
そう考えたら、いてもたってもいられなくなった。さこはスマホを手に取り、ベランダに向かう。
朝日を浴びる干し芋たちは、昨日よりもさらに乾燥が進み、しっとりとした黄金色になっていた。さこはカメラを構え、簡単に撮影を始めた。
「おはようございます、甲斐月さくらです。今日は昨日から干していた芋が完成したので、試食してみます」
自然な流れで話しながら、干し芋を一片つまんで口に運ぶ。
「んー、甘みが増してる! やっぱり自家製は美味しいなぁ」
短い動画だけど、こういう何気ない日常をシェアするのも楽しいかもしれない。さこは撮影を終え、さっそく編集に取り掛かることにした。
リビングに戻ると、ミズがちょうど仕事の準備をしているところだった。
「もう撮ったの?」
「うん! 朝の光がきれいだったから、いい感じに撮れたよ」
パソコンを開き、編集ソフトを立ち上げる。配信で使うソフトとは違うが、作業自体は慣れたものだ。無駄な部分をカットし、テロップを入れ、ちょっとしたBGMをつける。
「こんな感じでどうかな?」
ミズが画面をのぞき込みながら、「いいね、シンプルで見やすい」とうなずく。
さこはミズの言葉に少し安心し、編集を仕上げた。サムネイルを作成し、タイトルを考える。
「『手作り干し芋、完成!自家製の甘みを味わう』とか?」
「いいんじゃない? シンプルで分かりやすいし」
「よし、これでアップしちゃおう」
さこは動画を投稿し、軽くストレッチをしながらベランダに出た。朝の空気が心地よい。昨日よりもさらに乾いた干し芋をひとつ手に取り、ゆっくりと味わう。
「……うん、やっぱり美味しい」
自然の甘みが凝縮され、噛めば噛むほど風味が広がる。少し硬めの食感も手作りならではの良さだ。
スマホの通知が鳴った。動画のコメントが早速ついているようだ。
「どれどれ……」
画面に並ぶコメントを見て、さこは目を細めた。
「干し芋作り、すごく興味あります!やってみようかな」
「のんびりした雰囲気がいいですね。もっとこういう動画見たいです」
「タイの干しバナナの話、面白かった!ぜひ作ってみてほしい」
さこは思わず微笑んだ。想像以上に視聴者の反応が良い。
「ミズの言う通りだったなぁ……」
日常の何気ないことでも、共有することで誰かの楽しみになる。そんな小さな発見が嬉しい。
「これからも、こういう動画を増やしてみようかな」
さこは新しいアイデアを思い浮かべ、次の動画の構想を練り始めた。
夕方、ミズが仕事を終えてリビングに戻ってきた。
「今日の動画、もう結構コメントきてるんじゃない?」
「うん、思ったよりも反応がよくてびっくりしてる」
ミズは画面を覗き込みながら、「のんびりした雰囲気が良いっていうコメントが多いね」とつぶやいた。
「やっぱり、さこのスタイルに合ってるんだと思うよ」
「そうかもね。次はもう少し詳しく、干し芋の作り方を解説する動画にしてみようかな」
静かな夕暮れの中、二人はお茶を飲みながら、これからの配信について語り合った。さこの心の中には、新たなワクワクが芽生えていた。
いいなと思ったら応援しよう!
チップをくださいまして、ありがとうございます。
今後の執筆活動の励みになります。