女子三人旅〜タヌキのメイド喫茶〜
秋葉原の雑居ビルの一角に、見たこともないガチャガチャが置いてあった。
「ねえねえ、これ見て!『異世界への鍵ガチャ』だって!」
明るい声で叫んだのは鳴海だ。ショートカットが似合う、いつも先頭を走るタイプの女子高生である。
「また鳴海ちゃんの変なもの好きが始まった」
晴夏が呆れたように笑う。三人の中で一番落ち着いていて、まとめ役の彼女は、鳴海の暴走をいつも優しく見守っている。
「でも面白そうじゃん。一回やってみようよ」
のんびりした口調で言ったのは美香だ。ゆったりとした動作で、いつもマイペースな彼女が賛成するなら、もう決まったようなものだ。
「よっしゃ!じゃあ回すよー!」
鳴海が三百円を投入し、ハンドルを回す。
ガラガラガラ……ポトン。
出てきたカプセルを開けると、中から茶色いふわふわの綿毛がついた、古めかしい真鍮の鍵が転がり出た。
「え、何これ!めっちゃ可愛いんだけど!」
「でも、何の鍵なんだろ」
晴夏が不思議そうに鍵を眺める。
「うーん、ストラップにしたら可愛いかも」
美香がのんびりと綿毛を撫でた、その時だった。
「お嬢さん方、こちらです」
ビルとビルの間の薄暗い路地から、突然声がした。
三人が振り向くと、そこには直立したタヌキがいた。二足歩行で、小さな蝶ネクタイまでしている。
「ぎゃああああ!タヌキが喋ったー!」
「落ち着いて鳴海ちゃん!」
「え、これ夢……?」
美香が自分の頬をつねっている。
「私はぽんぽこと申します。その鍵をお持ちのお客様を、特別な場所へご案内しております」
ぽんぽこは丁寧にお辞儀をした。
「いやいやいや、待って待って。喋るタヌキとか、完全にヤバいでしょ」
晴夏が一歩後ずさる。
「大丈夫でございます。危害を加えるつもりはございません。さあ、こちらへ」
ぽんぽこは路地の奥を指差した。そこには、さっきまで確実になかった古い木製の門が立っている。
「うわ、マジで出た。絶対怪しいよね」
「でも……ちょっと気になるかも」
鳴海の目が輝いている。冒険好きの彼女にとって、これ以上のワクワクはない。
「鳴海ちゃん、その顔やめて。絶対行く気でしょ」
晴夏が額に手を当てる。
「だって面白そうじゃん!ね、美香ちゃんも気にならない?」
「うん、ちょっと見てみたいかも」
美香がこくりと頷く。
「はあ……二人がそう言うなら。でも、変だと思ったらすぐ逃げるからね」
晴夏も折れた。三人は顔を見合わせて、ぽんぽこについて門へと向かう。
鳴海が鍵を鍵穴に差し込むと、スムーズに回った。
ギギギ……と重い音を立てて門が開く。
中に入ると、そこは西洋風の豪華な屋敷だった。シャンデリアが輝き、赤い絨毯が敷かれている。
「うわあ、すごい……」
「完全に異空間じゃん」
「ここ、さっきまでビルの間だったよね……」
三人が呆然としていると、ぽんぽこが言った。
「ようこそ、『ぽんぽこメイド喫茶』へ。あなた方には、本日の店員を務めていただきます」
「……は?」
晴夏の声が裏返る。
「ちょ、ちょっと待って!店員って、私たち客じゃないの!?」
鳴海が慌てて言うが、次の瞬間、三人の体が光に包まれた。
気づくと、三人ともクラシックなメイド服を着ていた。
「うそ……マジで?」
「え、え、いつの間に着替えた!?」
「これ、結構可愛いかも……」
美香だけは呑気に鏡を見ている。
「さあさあ、お客様がお待ちですよ」
ぽんぽこに促され、広間へ案内されると、そこには大量のタヌキたちがテーブルに座っていた。全員、スーツやシャツを着た紳士風だ。
「メイドさん、紅茶を」
「オムライス、まだかな」
「ご主人様と呼んでほしいポン」
タヌキたちが次々と注文する。
「いや、無理無理無理!」
「どうやって抜け出す!?」
「とりあえず、やるしかないんじゃない……?」
美香の言葉に、鳴海と晴夏は顔を見合わせた。
「まあ、確かに……逆らえる雰囲気じゃないよね」
「メイド体験だと思えば……ちょっとは?」
三人は覚悟を決めた。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
鳴海が元気よく声を出す。
「お、お飲み物は何にいたしますか」
晴夏が震える声でメニューを差し出す。
「ごゆっくりどうぞ」
美香がにこやかに微笑む。
タヌキたちは大喜びだ。
「可愛いメイドさんだポン!」
「人間のメイドは初めてポン!」
「写真撮ってもいいポン?」
「駄目です!」
晴夏が即答する。
時間が経つにつれ、三人も少しずつ慣れてきた。
「ねえ、これいつまで続くの?」
鳴海が厨房で晴夏に囁く。
「わかんない。でも、タヌキたち意外と礼儀正しいよね」
「うん。変なことしてこないし」
美香がオムライスを運びながら言う。
「ぽんぽこさん、私たちいつ帰れるんですか?」
晴夏がカウンターにいるぽんぽこに尋ねた。
「閉店までお勤めいただければ、お帰りいただけますよ」
「閉店って、何時ですか!?」
「あと三十分ほどです」
「え、意外と短い!」
三人は顔を見合わせて笑った。
最後の三十分、三人は全力でメイドを演じた。
「ご主人様、お帰りなさいませ♡」
「お料理、お持ちしました」
「またのお越しをお待ちしております」
タヌキたちは大満足で帰っていった。
最後の一匹が帰ると、ぽんぽこが言った。
「お疲れ様でした。素晴らしい接客でした」
三人のメイド服が光に包まれ、元の制服に戻る。
「はあ……終わった……」
「疲れたー」
「でも、ちょっと楽しかったかも」
美香の言葉に、鳴海と晴夏も笑った。
「確かにね。変な体験だったけど」
「SNSに載せたいけど、絶対信じてもらえないやつだよね」
門をくぐると、そこは元の秋葉原だった。まるで何事もなかったかのように。
手元には、あの茶色い綿毛のついた鍵だけが残っていた。
「……これ、また使える?」
「やめてよ鳴海ちゃん!」
「でも、次は何が起こるか気になるよね」
三人は笑いながら、夕暮れの秋葉原を歩いていった。
不思議な冒険の余韻を胸に。

おわり
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