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【短編小説】新都市伝説「迷子の練習」

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「迷子の練習」
 これは僕が小五から小六にかけての春休みに体験した不思議な出来事と、それに関連するその後に起きた出来事の話です。「新都市伝説」と言えるのかはよくわかりませんが、これまであまり他人に話したことのない不思議な体験を書き起こしたいと思います。
 春休み、いつも遊んでいた三人組に、新たに健太郎くん(仮)が加わりました。四人が自転車で公園に集まりました。そこは、思い切り遊べる場所というより、親が小さな子を連れてくるような想定の、駅に近い住宅地のなかにある細長い公園でした。なので、いったんそこに集合し、それから何をして遊ぼうか相談をしました。
 その日は健太郎くんがとっておきの案を持ってきていました。
「迷子の練習をしようぜ」
 と言うのです。
 ルールはこうです。どこに行くかは決めず、どんどん自転車を走らせる。基本真っすぐ進んでいきます。T字路、十字路、交差点など道の大きく分かれるところでじゃんけんをし、負けた人がどっちに行くのかを決める。そうしてどんどん知らない所へ自転車を走らせていきます。「夕焼け小焼け」の放送が流れたら、健太郎くんの地図(昭文社の東京23区の冊子)でその時にいる場所を探し、地図をたどって帰る、という遊びです。もともと健太郎くんが一つ上のお兄ちゃんとやっていた遊びで、お兄ちゃんが小学校を卒業し、「迷子の練習」も卒業となり、僕たちとやろうと考えたそうです。
 目的地を持たずどんどん遠くへ行くワクワク感と無鉄砲さを楽しむ感覚と、沈んでいく太陽と競うように、ちょっとの焦りと寂しさとあたりの美しさを感じながらの帰り道のスリルはとても楽しいもので、僕たちはみんなこの遊びが好きになりました。
 塾の講習もあったので、三時くらいから集まり、連日「迷子の練習」をするようになって四日目のことでした。
「今日は今までで一番遠くまで行こうぜ!」と意気込んでいたのは、親友のサトル(仮)でした。実際この遊びに慣れてきた僕たちの自転車のスピードは速くなっており、どんどん遠くの見知らぬ場所へと進んでいきました。
 しかしそれにしても、一向に「夕焼け小焼け」の放送が流れません。ちょっと不安を感じながらも自転車を(減速気味に)走らせていると、僕たちは桜並木の細い道に入っていました。
 車同士がすれ違えるかどうかといった道幅で、両サイドに桜が並び、満開の桜のトンネルが出来上がっていました。ちょうど散り始めでもあり、桜吹雪がダイヤモンドダストのように舞っていました。そしてその道の突き当りには真っ赤な鳥居が見えていました。いつ「夕焼け小焼け」を聞き逃したのか、すでに日が落ちかけていました。そのため、あたりは青く染まり、怖くなるような幻想的な美しさの中に僕たちはいました。
「やべぇ、帰らないとじゃん」とサトルが自転車を止めました。皆、同感でした。
 すると、鳥居の方から一人の女の子が歩いてきました。小柄な、でも僕たちと同じくらいの学年と思われる雰囲気の長い髪を後ろで束ねた女の子でした。彼女から見て一番先頭にいた僕に、まるで知り合いであるかのように、その女の子は話しかけました。
「何してるの?」
 びっくりした僕は反射的に答えました。
「迷子の練習」
 すると、女の子は即座に応えました。
「もう迷子になってるよ」
 その一言を言うと、女の子はくるっと踵を返し、神社の方へと戻って行ったのです。
 僕はもちろん、その様子を見守っていた他のメンバーも背筋が寒くなるような怖さを感じていました。
「帰ろうぜ」
 僕たちは地図を確認することもせず、とりあえず来た道を戻りました。しばらくして地図を確認し、僕たちは無事に家に帰るのですが、あまり怖がっていなかった健太郎くんがちょっと気になることを言っていたのを覚えています。「時々あるんだよな」と言っていたのです。
 しかし、その後も数日「迷子の練習」を続けましたが、あの日のような不思議な経験をすることはありませんでした。

 話は大学入学当初に変わります。
 右も左も分からない僕は、一人で入るべきサークルを探していましたが、正直迷子のような状況でした。そんな時に「サークルを探しているんですか? 今、サークル紹介を開催していますよ」と女性に声をかけられました。地味な服装で垢抜けていない感じで、顔が好みのタイプの大学生でした。「サークル紹介」と言われたのでいろんなサークルのことが知れるのかと思い、その女の子についていきました。
 行くと薄暗い部室のような部屋に案内され、「どうぞ」と小学校の机のような席に座らされました。案内してくれた女の子は僕の向かいに座り、いきなり話し始めました。
「早速ですが質問しますね。あなたは何でサークルを探していたのですか?」
 何か怪しいと感じた僕は周りに耳を澄ませました。すると熱を帯びた男性の声で「じゃあ、あなたにとって幸せって何ですか?」という声が聞こえ、別の所からは「私はここに入ってやっと自分の生きる目的を見つけることができたの」という女性の声が聞こえます。それらに感動したかのような相槌も聞こえました。
 ヤバいな、と悟った僕は、こう答えました。
「迷子の練習」
 実は、僕は「迷子の練習」という言葉が気に入っていて忘れたことはありませんでした。この日もサークルの探し方がよくわからず、完全に迷子になっていましたし、頭の中で「これも迷子の練習だな」とか思っていたのです。そのため、皮肉を込めて「迷子の練習」をしていただけだ、と答えたのです。
 すると、即座にその女性はこう返したのです。
「もう迷子になってるよ」
 僕は驚いて、言葉を失いました。
「人間は生まれようと考えて生まれてくるわけじゃないじゃん。気が付いたら生まれていて、『目標を持て』とか、『目的意識が大切だ』とか教育されるけど、でもなんで自分が生まれてきたか分からないじゃん。つまり、生まれ落ちた時点で、みんな迷子なの」
 容姿に似合わない上からの物言いに不快感を抱きながら、偶然彼女の主張に繋げ易い言葉を発してしまったことに気付きました。
「でもね、目的地が見えれば迷子じゃなくなるでしょ。つまりね、自分の生きる目的は何かを考えないと、死ぬまで迷子のままで終わってしまうじゃん。じゃあ、生きる目的って何? 幸せになることじゃん。みんな生まれてきたら幸せになりたいの。じゃあ、あなたの幸せって何?」
 さっき他の誰かも言っていたセリフ。つまり彼女は「迷子」をキーワードに、見事にセオリー通りの勧誘話に持っていったわけです。
「すいません、僕は自分に正直に生きていれば『幸せってこういうことだな』と感じる瞬間があるもんだと思っているので。すいませんが、帰ります」
「え、びっくり。そんな受け身の姿勢で幸せがつかめると思ってるの? 残念。せっかく幸せって何かを知って幸せになれるチャンスなのに。知らなきゃ、君の言う通り、迷子のまんまだよ」
 僕は「もういいです」と立ち上がり出ていきました(出ていくときに、二千円徴収されました。めんどくさいので支払いました)。あとで、そこは「ヤバいサークル」に名を連ねている(似非)哲学サークルだと知りました。

 話がずいぶんそれてしまった感じもしますが、最後にもう一つ。
 新卒で就職した会社を一年で辞めた僕は、次の就活を急がず、バイクで一人旅に出ました。日本一周とは考えませんでしたが、日本海の方へと一人バイクを走らせました。新潟の北部で海を見渡せる場所でバイクを止めました。とても晴れた日で、東京より遅い桜がまだ美しく舞っていました。
 そこに若い女性が一人でバイクを走らせてきました。お互い一人でツーリングをしているということで仲間意識があったのか、ヘルメットを外した女性は自然に僕の横にやってきて一緒に日本海を眺めました。
「一人なの?」
 彼女は聞いてきました。
「はい、一人で」
 僕が答えると、彼女は海風に髪をなびかせ、眩しそうに、もしくは訝し気に目を細めて、次の質問をしました。
「なんで、一人で海に来たの?」
 その質問に、もうお分かりだと思いますが、僕はこう答えたのです。
「迷子の練習」
「もう迷子になってるよ」
 やはり即座に、その女性は言ったのです。そして笑いました。
「私も完全に人生の迷子。結婚に失敗して、何で生きてるんだか分からなくなっちゃった」
 僕は気の利いた答えを思いつくことはできず、ただ頷いて海を眺めました。
「あなたは?」
「僕ですか? 僕は、就職に失敗しました」
「じゃあ、人生の迷子だね」
 そう言って、女性はまた笑いました。口調は昔の女優さんみたいで、雰囲気も大人っぽいのですが、すごく口角が上がった笑顔は少女のようで、「ああ、こういう人、好きだな」と思ったのを覚えています。
「帰りたいんだよね、迷子になったら。たぶん、だから海を見たくなるんだよね」
 素敵な言葉だなと思いながら、僕は海の遠くを見つめました。
「こうして海に帰ってきてみると、『何のために』とかどうでもよくなるよね。なんかやっては迷子になって、泣いて帰ったときに、帰れたことに『ああ、なんか幸せだな』って感じることができて。それの繰り返しでいいんじゃないかなって思う」
 そう言い残して彼女は自分のバイクの方へ歩き始めました。その後姿に声をかけ連絡先を聞きたかったのですが、僕にはそれができませんでした。そして、一瞬振り向いて手を振ってくれた彼女に手を振り返すと、僕は「帰ろう」と思いました。

 もし初対面の(そしてそれ一回きりしか会わないであろう)女性に「何してるの?」のような質問をされたら、「迷子の練習」と答えてみてください。即座に「もう迷子になってるよ」と、その女性は応えるかもしれません。


ありがとうございます✨

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