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子どもの頃の姉との記憶

機能不全家族⋯
アダルトチルドレン⋯
兄弟格差⋯
過去のトラウマ⋯


自分の生きづらさと向き合い始め
得た情報⋯

その中でも強烈にインパクトがあったのは

「毒親育ちはどうして兄弟仲が悪いのか」

について述べている動画で
とにかく腑に落ちまくった



私には3歳上の姉がいる
両親と姉の4人家族

過去の家族での思い出の中には
なぜか姉の姿はほとんど無い

鮮明に覚えている姉との記憶は
私が小学校2年生くらいの時で
いつもの両親の喧嘩がエスカレートし始め
私は不安と恐怖から居ても立ってもいられず、
階段の一番上に座り
喧嘩の内容に耳を済ませているのに対し
姉はというと自分の部屋でテレビを見て笑っていて

私は姉に
「お母さん、出ていくって言ってるよ!
どうする?」
と半泣きで助けを求めると、姉はひと言
「いつものことでしょ、そんなのほっときんさい」
と、すぐにテレビに向き直っていた
そんな場面

大人になった今、
両親の夫婦喧嘩を思い返すと
ほっとくしか無かったし、
私が泣いて「やめて!」って言ったところで
確かに収まることはまず無かった


母親とどっぷり共依存関係だった私は
母を取られたくない一心で
姉のことを邪魔者扱いしていた

「あんたお姉ちゃんなんだから、
ゆずってあげなさい」

ちょっとしたことですぐに泣く私をなだめるよりも
姉に「お姉ちゃんなんだから」を
押し付けたほうが楽だったのか
母が姉によく言ってたセリフ

(確かに泣けばどうにかなると信じ込んでいた)

それなのに、ピンチの場面では
「お姉ちゃん、どうにかしてー」
と頼ってくる妹の存在を姉はあまり受け入れられなかったのかもしれない

姉だけがそこからどんどん外れていって
大人になっていかざるを得なかったのだろうと
今なら思う

私たちは今お互い、会おうと思えばすぐに会えるし
近い距離に暮らしてるけど
会うことも連絡取り合うこともほとんど無い
お正月に実家で顔を合わせる程度

あの時見た動画の内容が
その心理を含め私にもピッタリ当てはまっている

私は依存するしかなくて、
姉は自立していくしかなかった


私の学歴は見事に姉と同じで、
取った資格も、就いた職業も全く一緒

家族の誰もがここに違和感を抱かず、
お姉ちゃんと同じ進路なら安心と
進路について両親を悩ませることも無かった

本当は高校を卒業したら大阪に行きたいって
そう思って一人で学校のパンフレットを
取り寄せたりもしたが
だれにも相談することはなかった
ひとり暮らしなんてまず出来っこないって
自分でそう決めつけていたから

それに私の目的は
姉ができることは私にだってできるって
見せつけてやることだったんだと思う

私はずっとずっとずーっと姉をライバル視していたそれも異常なほどに
今でもその気持ちは残っている
姉に対して未だに素直になれないのもそのせいだ

やっと、こんな風に過去を思い返して
謎の大きな違和感に気付けるように
なってはきたけど、

あの頃、私は確かに姉の存在に
どこか怯えていた

でも、気付いた今は
不思議なものでまた少しだけ別の見方もできる


結局、私以外の家族の気持ちなんて
聞いたことも無いから分からない

よく分からないけど、
私は私でそうやって姉を敵に回してでも
必死に生きてきたってこと

姉の本当の気持ちもあの頃から
ずっと分からないままでいる

それでもいつか、お互いが生きている間に
少しだけ距離が縮まって
「お姉ちゃんのこと、本当はずっと尊敬してたよ」って言えたらいいなって思ってる

心から言える日が来たら
その時に伝えることにしよう🌸
















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