小学校教員|うつ病|病休・休職|復職|その2
前回の記事(小学校教員|うつ病|病休・休職|復職|その1)では、初任者だったが私が、教師として少しずつ自信を付けながらも、6年目にして病休に入るまでの経緯について書きました。
今回は、その後のことについて書きたいと思います。
心休まぬ日々
病休に入ってから、「これで学校に行かなくてよくなる」と安堵した気持ちになった一方で、「子どもたちを残して、自分は逃げ出してしまった…」、「自分が休んだことで、たくさんの先生方に迷惑をかけてしまった…」、「教室にはいったい誰が代わりに入って、どうやって授業を進めているのだろう…」、「数週間後には通知表を書き始める時期が来るが、成績処理や所見はどうしたらいいんだろう…」と、自分を責めたり、学校のことが気になったりして、居ても立ってもいられないような心境の日々を過ごしていました。
次にやって来る恐怖
それでも、数週間経つころには、少しずつ「こうするしかなかったんだ」と自分に言い聞かせることができるようになっていきました。
そうすると、次はまた違った問題が私を悩ませました。それは、「このまま仕事に復帰することができなかったら、どうしよう」という大きな不安です。幼い長子を育てていくためにも、この先家族が生活をしていくためにも、当然収入が必要となります。妻も働いてくれていたため、すぐに行き詰まってしまうような状況ではなかったものの、「このまま一生働けないのではないか」と考えると、とてつもない恐怖感に襲われました。
そして、教員以外の仕事で自分ができることは何だろうかと考えるようになりました。教員免許状以外で自分が持っている免許と言えば、運転免許証ぐらい。もちろん、2種免許などは持っておらず、これと言って自分にできることが見つからなかったことも、その恐怖感を助長することとなりました。
「大学を卒業して、そのまま教員として働き始めた自分には、他にできることが何もない」、そう考えた私は深い絶望感に包まれていました…。
併せて、平日の日中に外に出ると、「あの人、平日のお昼から、仕事もせずに何してるんだろう」と思われるのではないかという、周りの目への恐怖にも襲われていて、外出することもままなりませんでした。週末も、子どもたちやその保護者、先生方に会ってしまうような気がして、自由に外に出ることはできませんでした。
ふと手にした一冊の本をきっかけに
休み始めて数か月過ぎたころ、妻が友人の結婚式に出席することになりました。体調も徐々に回復してきていたことに加え、会場が県外だったこともあり、車で送って行くことになりました。
会場に妻と長子を送り届けてからは、披露宴が終わるまで一人の時間になりました。知っている人に会う心配がほぼゼロであるため、近くにあったアーケードを安心してぶらぶらしていると、1軒の本屋さんを発見しました。ふと立ち寄って、当てもなく店内をふらついていると、1冊の本の背表紙が目に飛び込んできました。金融に関する初心者向けの本だったのですが、すぐに手に取って初めの数ページをめくってみました。数十問のクイズに答えることで、読者の金融知識を測ることのできるコーナーがあったためやってみることにしました。すると、知っていそうで知らないことがあったり、そもそも聞いたこともない言葉がたくさんあったり…と、自分の金融に関する知識が、あまりにも少ないことに愕然としました。すぐに、その本を購入し、車に戻って読み始めました。
偶然手にしたこの1冊の本をきっかけに、その後の金融に関する私の関心は大きく変化しました。
同時に「ただ、惰性で毎日を送ってはいけない」と強く感じ、この休みの期間に少しでも多くの知識を得たいと考えるようになりました。私の中にある学びのスイッチが、オフからオンへと明確に切り替わった瞬間でした。
休んだからこそ
それからというもの、テレビで目にした韓国ドラマを観ては、「すぐ隣の国なのに、言葉も文字も全く知らないな…」と思い、韓国語の勉強を始めてみたり、板書の文字をきれいに書けるようになりたいなと考えては、通信教育で筆ペン講座を受講してみたりと、学ぶことへの意欲を維持しながら、毎日を過ごすことができるようになりました。その他にも、資産運用の勉強を始めて、実際に投資を始めたり、昔から好きだった英語の勉強に力を入れたり、苦手意識の大きかった水彩画や料理の勉強に取り組んだりしました。
純粋に「学びたい」という気持ちがあった一方で、学ぶことによって「失った自信を取り戻したい」という思いが働いていたことも間違いありません。いずれにしても、いただいたこの休みの期間に学んだ知識が、今の私を形作る大きな要因になっていることは疑う余地がありません。
休み始めた当初は、「どうしよう、どうしよう」、「申し訳ない、申し訳なさすぎる」という不安や反省の思いばかりが頭をよぎっていました。しかし、今振り返ってみると、あの立ち止まった10か月間があったからこそ、現在の自分があるし、今もこうして教員を続けることができているのだと感じています。
きっと、私には必要な期間だったのです。
「その2」の終わりに
「その2」では、病休・休職の間に私が何を考え、何をし、どのように変化していったのかについて書きました。
不安や迷い、悩みの激流に流されている中では、必死にもがいていて、自分のことを客観的に見ることができません。しかし、時間が経って改めて振り返ってみると、実はそのもがいている最中に、なんとか抗おうとしたことや考え抜こうとしたことが、今の自分にとってかけがえのない財産になっていることに気が付きました。
次回、投稿予定の「その3」では、復職時やその後についてを書きたいと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
