【掌編小説】何気ない日常
「ピッ」
ICカードリーダーに職員証をかざし、退出した。
打刻は、17時15分だった。
扉を開け、外に出た。
生温かい空気が全身を包み、解放されたはずの身体に、ストレスがかかった。
乾いた身体から、じわぁっと湿り気が漂い出した。
歩を進めるたびに、シャツが纏わりついてくる。
昼間に照り続けてたであろう陽は、地平線に近づき、その身を隠そうとしている。
私が勤める病院は、良く言えば閑静な住宅街、少し悪く言えば、何処か寂しさに沈む住宅街にある。
時代に残された公営団地がいくつか立ち並び、かつては子供の声がいたるところで聞こえたであろうが、今はクルマの通り過ぎる音が聞こえるに過ぎない。
この町を通り過ぎた先に駅がある。
疲れた身体に纏わりつく昼間の残りを切り裂くように歩く。
ときおり吹く風が、わずかに体温を下げた。
駅まで半分を残したあたりでスマホで時間を確認する。
17時20分。
乗り遅れるかもしれない焦りから、歩を進める速さが上がった。
その湿度の高さのせいで、気化することのない汗が出てくる。
高い湿度が、シャツと身体の間に満ちた。
改札に定期券をかざし、音を鳴らす。
そしてエスカレーターに身を任せ、二階のホームに運び込まれた。
電光掲示板には、「3分の遅れ」と表示されていた。
いつもならイラッとする表示は、今日は優しさのようだった。
陽と地平線とまでの距離は、先ほどとそんなに変わりはない。
身体に吹き込む風は、その高さのせいか、涼しく感じた。
接近のベルが鳴り、遠くから唸るような低音が近づいて来る。
何両か通り過ぎて、電車は停止線を少しだけ過ぎて止まった。
ドアが開き、中に乗り込んだ。
車内は、快適とは言えない温度だ。
昔のキンキンに冷えていた車内がノスタルジーに色褪せた。
こちらの「ちび創作大賞」に参加させて頂きました。
参加テーマは、天野 雫さんの「風」です。
皆様の元に素敵な風が届きますように!
いいなと思ったら応援しよう!
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
いただいた応援は、本や資料代など、より面白い記事を書くために大切に使わせていただきます。
これからも「知ることが面白い」と思える記事を書いていきます😊