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読書記録No.64 窓から何が見えるかー西洋美術文化史と「窓」のイコノロジー,萩野昌利

目次

プロローグ 「窓」いろいろ
第1部 近代の幕開け
第2部 小休止
第3部 ロマン主義の時代ー窓辺に立つ人々
第4部 世紀末に向けてー孤独な人々の窓
第5部 20世紀 挑戦の時代ー「アート」となった「窓」
エピローグ 西洋の「窓」,日本の「窓」

内容とレビュー

図像としての「窓」を通して西洋美術の歴史を考察した本.

 中世のステンドガラスに見られるように,かつて窓とは天の光を一方的に受容するためのものであり,その内側にいる存在が外へ向かって「見る」ことを前提としていない.しかしながら,ルネッサンスの到来によって,かつてプロメティウスが神々から火を奪い取ったように,人類は神から視覚という強力な権力を奪取することに成功した!アルベルティの遠近法では,人間の視覚を目を始点とした光線ととらえる,つまりまさに人間を中心として世界を再認識し,それを「開いた窓」であるところの2次元平面に再構築するのである.こうして,世界を人間を中心とした「見るもの」と「見られるもの」に大別し,内と外 (必ずしも物理的なものとは限らない,後述するように理想と現実,自己と他者など )を分別した価値観が美術の歴史にも現れるようになった.そしてそこには,「窓」の決定的な影響があったという.

その後15世紀の後半から,次第に透明な窓ガラスがヨーロッパの広い範囲で一般の中流階級に普及していくのとおおまかに連動する形で,「窓」を添えた絵画が様々なバックグランド,思想をもった画家たちによって制作されていく.透明なガラス窓を手に入れたことで,人々はそれまでの断絶した暗がりの室内から,いつでも外との交流を持てるようになった.しかしながら,皮肉なことに,それが自己の内省を招き,窓があるが故に外へ出れず,拘束されているという不自由感を生み出すようになる.絵画においても,そのような相反する2つの願望が仕組まれているとも読み取れる作品が数多く誕生する (1. 2.).


1. カルパール・ダヴィッド・フリードリヒ,窓辺の女,1822,油彩 カンヴァス,ベルリン国立美術館蔵

「人間というものは,他者と異なる独立した存在でありたいと願いつつも,もう一方で自由に外界の空気を吸っていきたい,外界と連動したいという二律背反的願望に苛まれ続ける不条理な生物なのだ.」.

ー本文より.


2. カルパール・ダヴィッド・フリードリヒ,リュゲン島の白亜の岩壁,1818,油彩 カンヴァス,オスカー・ラインハルト美術館蔵.
物理的な窓は存在しないが,構図は1.と相似.ここでは構図そのものが「窓」のもつ機能の役割を果たしている. 

さらに20世紀になると,認識の手段であった窓そのものをモチーフ化する作品が出てくる.マティスの「赤い部屋」(ヘッダー画像,対象物をべったり2次元に落とし込み,窓なのか額縁なのかが判然としないほどまでに窓を単純化している.が,一方でそのような記号化された「窓」によって,明確に空間の対比をつくることに成功している) や,デュシャンの「フレッシュ・ウィドウ」(3. フレンチ・ウィンドウとの言葉掛け.黒い窓が,喪服をまとった婦人を寓意的に象徴している) などが分かりやすい例に思われる.


3. デュシャン,Fresh Widow,1920,ニューヨーク近代美術館

プロローグの章に段落丸々全く同じ箇所が2つあり,大丈夫かと少し不安になったが,全体としてはまあまあ面白かった.



ヘッダー画像:
アンリ・マティス,赤い部屋 (一部分),1908,油彩・カンヴァス,エルミタージュ美術館所蔵

出典画像:
3. https://worleygig.com/2014/04/21/modern-art-monday-presents-marcel-duchamps-fresh-widow/

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