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消えたはずの手術ロボットZEUSが、なぜ今よみがえるのか —— 設計思想の回帰

業界の設計思想が再びZEUSに近づいている

私の密かな日課は、深夜の静寂の中でGoogle PatentsやUSPTO(米国特許商標庁)のデータベースに潜り、医療機器メーカーの特許公報を読み漁ることです。

私は、この趣味をパテントサーフィンと呼んでいます。

なぜ、無機質な図面と難解な権利請求範囲の行間にこれほど惹かれるのでしょうか。

それは、企業の華やかなIR資料やプレスリリースが決して語ることのない、数年後の「剥き出しの未来」がそこに刻まれているからです。

特に、手術ロボットの絶対王者であるIntuitive Surgical社の動向は、どのミステリー小説よりもスリリングな展開を見せてくれます。

先日デビューした最新機種『da Vinci 5』は、フォースフィードバックや演算能力の強化にとどまらず、マルチポートシステムの完成形であったda Vinci Xiの全機能をさらに研ぎ澄ませた、まさに「正統進化の極致」と呼ぶべき傑作です。

しかし、最近、私が特許の深淵で気づいたのは、その輝かしい進化のベクトルとは真逆の、ある種「業界の自己否定」とも取れる技術群でした。

それは——

業界全体がある方向へ収束しつつあるという感覚でした。

言い換えるならこうです。

手術ロボット業界の設計思想が、
かつて消えたはずのZEUSに収束していないか?

この仮説が面白いのは、
「懐古」ではなく「条件が整った結果の回帰」に見えるからです。

ZEUSの思想が正しかったのか、早すぎただけなのか。

その答え合わせが、いま始まっているように見えます。

ZEUS robotic system, Computer Motion's


今回は、特許という確かな「点」を繋ぎ合わせ、
ロボット手術業界の未来図——人間と機械の境界線が溶け合う世界——
について、少しディープに考察してみたいと思います。

【Disclaimer】 本記事は公開特許情報に基づく筆者の個人的な考察であり、関連会社の公式見解や将来の製品リリースを保証するものではありません。

この記事は以下のような方向けです。
・外科医
・医療機器開発者
・投資家
・メドテック系起業家
・医療機器やロボット技術にご興味のある方

United States Patent and Trademark Office, USPTO (米国特許商標庁)

ZEUSとは何だったのか

2000年代初頭、手術ロボット市場には2つの陣営がありました。

一つは
Intuitive Surgicalda Vinci

もう一つは
Computer MotionZEUS

2003年、IntuitiveはComputer Motionを買収し、
ZEUSは市場から姿を消しました。

市場に残ったのはda Vinciという巨大な成功モデルです。

ZEUSが目指していたもの

ZEUSの設計思想を、私は次の3つの特徴として捉えています。

まず第一に、ZEUSは「手術室の“第三の手”を、できるだけ小さく・賢く作る」という発想を、かなり早い段階で実装していました。

ZEUSは3本のロボットアーム構成で、
そのうちの1本はAESOP(内視鏡保持アーム)として機能し、
しかも音声で操作される“声で動く内視鏡”でした。

今でこそ音声操作は珍しくありませんが、これが1990年代〜2000年代前半の発想だった、という事実は相当に重いです。

「助手の手を機械で置き換える」という思想は、まさに現在のOR統合やAIアシストと同じ方向を向いています。

第二に、ZEUSは「分散型の腕遠隔制御」という世界観を持っていました。
ZEUSは、外科医の動きを模倣する2本のアームに加え、カメラアーム(AESOP)を含む3アームで構成され、外科医はコンソールから遠隔的に制御できる、とされています。

ここがポイントです。

ZEUSは「床に鎮座する巨大なタワーが全部を抱え込む」よりも、
必要な腕を必要な形で配置し、遠隔操作でつなぐ”という思想に近い。

第三に、ZEUSは「技術を“目立たせない”」方向を内包していました。
もちろんZEUSにもコンソールはありました。
けれど、AESOPのように“自動で”機能を肩代わりする設計は、ロボットを主役から黒子に退かせる感覚につながっています。

当時、その思想は時代に対して早すぎました。

計算資源も、
画像処理も、
通信も、
UX(人が直感的に扱うためのインターフェース)も、
十分ではなかった。

結果として市場は集中型のda Vinciを選びました。

しかし、あれから20年以上が経っています。

ZEUS robotic system, Computer Motion's


再浮上する「ゼロ・フットプリント」思想

近年、業界では明らかな変化が観測されています。
床占有の最小化です。

🛏 ベッドマウント型構造

Zimmer Biometが2016年に買収した
SoniTrack Systems関連の特許(US10687915B2)は、
手術台周辺に設置される可動アーム構造を示しています。

同特許の権利者がSoniTrack Systemsであること、そしてSoniTrackが2016年にZimmer Biometに買収されたことは、公開資料から裏が取れます。

US10687915B2

ここで重要なのは特許の帰属ではなく、思想です。

設計の重心が「床の巨大タワー」から
「ベッド周辺の近接・統合」へ動いている
ということ。

現在のda Vinciは、"Patient Cart"と呼ばれる巨大なタワーが手術室の床を占拠し、そこから複数のアームが伸びています。
その圧倒的な存在感は、まさに手術室の主役そのもの。

しかし、この特許技術(US10687915B2)では、ロボットアームの基部は手術台のサイドレールに直接取り付けられています。

ロボットが主役として床を支配するのではなく、ベッドサイドの空間に溶け込み、必要なときだけ姿を現し、必要でなければ消える。

Johnson & Johnsonの新型ロボット『Ottava(オッタバ)』も、同様の手術台統合型アーキテクチャを掲げていますよね。

Ottava, J&J

私は「手術台がロボットに変身するゼロ・フットプリントの革命」と評し、ベッドマウントのアームについて解説しましたが、驚くべきことに、


手術台そのものがロボットになる
という思想は、

かつてのIntuitiveのライバル、『ZEUS』の設計から既に、実装されているものでした。

ZEUS robotic system, Computer Motion's


これは25年以上の時を経た現代における、ZEUS的思想の再解釈に見えませんか?

ZEUSが志向していた「分散配置」は、いまや経済合理性を持ち始めているのです。

空間コンピューティングへの飛躍:コンソールという「檻」からの解放

もう一つ、明らかにZEUS的な回帰を感じさせるのは、操作空間の再定義です。

現行のda Vinci手術において、外科医は患者から離れた場所にある大きなコンソールに頭を預け、外部の世界から遮断された状態で手術を行っていますよね。

巨大な箱に頭を預ける没入型コンソールは、これまで「高度な操作の象徴」でもありました。

このコンソールは文字通り「没入感」を高め、ミクロの世界に集中するための素晴らしい仕様ですが、見方を変えれば、外科医を手術室というチームの空間から隔離する「檻」でもあります。

しかし、SRI Internationalが保有する
US10376337B2(Hyperdexterous surgical system)は、
ハンドヘルド型操作概念を含む設計を示しています。

US 10376337

図面に示されているのは巨大な筐体ではなく、外科医が両手に持ち、空間で自由に動かせる「ワイヤレス・ハンドヘルドコントローラー」。

それはまるで最新のVRゲーム、あるいはApple Vision Proのような空間コンピューティングのインターフェースを彷彿とさせます。

これはIntuitiveの特許ではありませんが、ここで重要なのは思想です。

巨大な箱型コンソールではなく、

  • 空間操作

  • 軽量インターフェース

  • ベッドサイド接近型制御

という方向性。
それは、すでにZEUSが持っている特徴そのものでした。

つまり、ZEUSは「コンソールにすべてを閉じ込める」よりも前に、
操作を分散させ、
人の負担を減らし、
手術の自然な流れにUIを溶かす
方向を見ていた。
しかし、残念ながら当時は技術的制約で十分に洗練されなかった。

今、AR/VR、空間認識、軽量GPU、音声AIが一般化し、かつ通信と統合基盤が整ってきたことで、ZEUS的なUI思想がようやく“実用として美しく”成立し始めています。

私はこの動きを、ZEUSへの回帰と呼んでも良いと思うのです。

J Robot Surg . 2007 Mar;1(1):75-83. doi: 10.1007/s11701-006-0007-5. Epub 2007 Jan 30.


なぜ今なのか

25年前、集中型は合理的でした。

巨大な計算装置を一箇所に置く必要があった。
画像処理は重かった。
制御安定性が最優先だった。

しかし現在は違います。

計算は分散できる。
通信は高速。
画像はリアルタイムで共有可能。
ARは臨床応用が現実味を帯びている。

つまり、ZEUSが“早すぎた思想”だっただけなのかもしれません。

Zeus “MicroWrist” robotic instruments. 
J Robot Surg . 2007 Mar;1(1):75-83. doi: 10.1007/s11701-006-0007-5. Epub 2007 Jan 30.


終わりに:ZEUSは消えた。でも、設計思想は消えていない

『da Vinci 5』は間違いなく現時点での最高峰であり、メインフレームとしての完成形です。

その陰で、ZEUSは消えました。

でも、設計思想は消えていない。

それどころか、

技術と経済環境が変わった今、
その思想が再び合理性を帯びて戻ってきている。

ハンドヘルドコントローラーによる身体的拘束の解除。
ベッドマウントによる空間的制約の解除。
そしてアームが空間に溶け込んだとき——

これらが実現した手術室を目にしたとき、
私たちはそれを「革新」と呼ぶことでしょう。

でも、歴史を知る者は、こう言うかもしれません。

これはZEUSが25年前に夢見た風景だ、と。

その答え合わせを、私は今から楽しみにしています。





筆者プロフィール|外科現場のインサイダー

消化器外科医/ロボット支援手術を専門とし、日本の医療現場と技術革新の橋渡しをライフワークとしています。
実名では語れない“リアル”を、noteという場で綴っていきます。


参考にした情報

  • Handheld Controller: US Patent 10,376,337 "Hyperdexterous surgical system"

  • Bed-Mounted: US Patent 10,687,915 "Bed-mounted surgical tool organization system"

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