【6-1】逆襲のシャアラストシーン解説① 君は、シャアが何に逆襲しているか答えられるか。
あのラストシーン、意味わかる?
「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」は、高い評価を受けているが、それでも賛否の評価に迷う作品だ。
ストーリーの難解さ、わけてもラストの、アムロとシャアがアクシズとともに消えていくシーン。感動的ではあるが、何が語られているのか説明不足で「決着としてはどうなんだアレは」と疑問を持って、筆者は過ごしてきた。
結局、最後はどうなったのか。
この映画は、何が言いたかったのか。
本作の映像部分を眺めていてもわけがわからず、富野監督の歴史や性格、インタビューや小説など、作品から外に出て、外部要因に足場を組んで、逆襲のシャアという作品を読み解く解説が散見される。
だが、富野監督は映像作家だ。描かれている映像だけで、何が言いたいか描ききってあるはずである。
あくまで妄想を土台にした推測だが「あそこで何が起きていたか」を、関連する映像情報だけを用いて解析してみたい。
なお、逆襲のシャアの土台となる「機動戦士ガンダム」「機動戦士Zガンダム」「機動戦士ガンダムZZ」は、ここに含めて考えるものとする。
外部情報を用いた方が、解説の強度が増す部分については、あくまで余談として添えるものとする。
シャアは何を求めて、アクシズ落としなどという大凶行に及んだのだろうか。映画の流れに沿って、順番に見ていこう。
5thルナ落下阻止戦 社会的な立場のせいで、戦闘中しか対話ができないアムロとシャア
映画冒頭、一見してコアブロックシステムが無く、ラストにアムロだけが脱出するという線が無いことを前置きし、開発途中のνガンダムにタイトルを被せ、物語は始まる。
シャアの地球寒冷化作戦の初手は、5thルナ落下作戦だ。
リガズィに乗るアムロが「なんでこんなものを地球に落とす」と非難しつつ、モビルスーツでシャアと直接会話ができる距離に肉迫する。おそらく、連邦軍でこれができる人間は、アムロしかいない。
敵味方に分かれた二人は、政治的な立場もあり、戦闘中のモビルスーツで接近戦をしているときにだけ、対話ができるのだ。
シャアは地球をどうしたいのか。寒冷化? それとも破壊?
「地球に住む者は、自分たちのことしか考えていない。だから抹殺すると宣言した」
シャアは、聞いているかもしれない僚機に気をつかって「抹殺」と言っている。
「逆襲のシャア」では、地球にアクシズを落とす目的、または予想される結果についての表現が頻繁に変わる。
映画の前半では、寒冷化、冷却、人が住めなくなる、そして抹殺といった、スペースノイドにしてみれば、まあそれもアリかと思うような表現。
ハマーン・カーンも言っていたが、宇宙は寒い。そんな彼らにしてみれば、地球が寒くなっても同情はしない。むしろいい気味だと思っている。
抹殺もそうだ。「地球に残っている嫌な人間だけを綺麗に消す」「スペースノイドが残る」と、周囲は思っている。
ところが、これが後半になると、地球を潰す、地球を破壊する、そして地球を消すとまで表現が変わる。発言者は様々だが、見ているものに「あれ、だんだん穏やかじゃないことがわかってきたぞ・・・」と思わせる演出だ。
シャアは、いずれ地球そのものを潰して破壊して消してしまおうとしている。しかし、ここではまだ言わないし、聞いたアムロも地球上の人類抹殺だと思っている。
この冒頭から言ってるとおり、アクシズ落としの動機は、政治的な建前で隠してはいるが、本当にシャア個人のエゴ
「人が人に罰を与えるなどと」
アムロの、怒りを含む非難。
「私、シャア・アズナブルが粛正しようというのだ」
シャアは個人の意思で行っていることだと、ここで最初に宣言している。
「エゴだよ、それは」
アムロが言うとおり、これは、シャアの隠されたエゴの物語。
後々、詳しく解いていくが、冒頭で作品の本質が示されている。
「地球がもたんときが来ているのだ」
ここだけを聞くと、地球の自然を保全する意思を感じるが、先述のようにシャアは環境保護など考えていない。
「そんなものでは・・・」
そんな理屈(エゴだから駄目)では、私の考えは覆らないぞ、とシャアは言う。
戦闘は互角に思える。二対一であり、サザビーはここでファンネルを使っていないからだ。
しかし、ここでアムロは常に強者のポジションにいる。映像作劇法には、上手側、下手側の原則があって、画面右側にいるのが強者だ。
5thルナ落下阻止戦は、本来シャアが攻めている作戦を、アムロが制止しようとする状況のはずだ。なら、両者の位置取りは、反対であるべき。
しかし、ここでは逆だ。アムロの言っていることの方が自然で、物語を進める方向性をもっていることを示している。
アムロとシャアの戦いの行く末は、実はここで予言されているのだ。
ロンデニオンにて、拳銃を持っているのに巴投げで取り押さえようとする優しいアムロ
ロンデニオンの草原で、シャアとアムロは再会し、5thルナ戦の続きがはじまる。
「地球に残っている連中は、地球を汚染しているだけの、重力に魂を縛られている人々だ」そして「地球は人間のエゴ全部を呑み込めやしない」と、シャアはそう思っている。
シャアは「汚染しているだけ」と言った。本来は貴重な地球資源を用いて、なすべきことがあるのに、という意味だ。このままでは全てを消費し尽くして、気がつけば何もできなくなってしまうぞ、と彼は言っている。
「人間の知恵は、そんなもんだって乗り越えられる」
アムロは、長い時間をかけて、いつか人類がニュータイプの高みに到達すると信じている。実際に、彼はその未来を、ララアと見たのだろう。
しかし、シャアには、人類の大多数が、羊飼いの言うことをきかない何億もの愚昧な羊のように見える。何も考えず、銘々が好き勝手に草を食べて、牧草地を枯らしてしまう。
「ならば、いますぐ愚民ども『全て』に叡智をさずけてみせろ」
シャアは、それが待ちきれない。性急であり、昔から二手三手先をよみ、通常の三倍の速度で突き進む男だ。
「貴様を殺ってから、そうさせてもらう」
ここで、アムロは携帯していた銃を抜いた。最初から出さなかったのは、基本的にはシャアの話を聞いて、真意を知りたいからだ。この後もアムロは、シャアと会っても、彼を決して殺害しようとはしない。
アムロは、ひたすらに対話を求めていく。
シャアの不幸を見抜くララアと同じ位置の少女クエスだけど、手の甲とかにキスしてその気にさせて使い潰すくらいにはどうでもいい
クエスによる水入りがあり、アムロのもとから彼女は離脱した。新生ネオジオンに舞台は移る。
クエスは「インドから来た緑色の髪の少女」という点から、ララアと同じ運命の少女だと分かるが、もう一つ共通する点がある。
シャアとララアが、どのタイミングで合ったか振り返ってみよう。
シャアがガルマを謀殺し、地球で白いスーツを着て「坊やだからさ」と、ガックリきている時期である。
旧友をこの手で討ってしまった悲嘆を、誰にも話せず、白いスーツが「私は潔白だ」と雄弁に叫んでいるシャア。おそらくララアは、その苦悩を正確に読み取り、彼に寄り添った。
「隠しているけど、実は不幸なんだ」という、シャアの誰にも言えない弱音を、語る前から分かってくれた女。それがララアである。
そして「人の魂は地球の重力に引かれるって言ったでしょ(中略)それがわかる人って不幸な人じゃないかって」とシャアを評したクエスだ。
シャアは、かつてのララアとの出会いを重ねて、クエスに少し気持ちが向いている。それは本当に錯覚レベルの懸想だが、クエスはそれを純粋ゆえに真正面から受け取るし「あたしは大佐を愛してるんですよ」「あたしは大佐の為なら死ぬことだってできるわ」「私はララアの代わりなんですか」と詰め寄る。
それ以前に、クエスは父からも母からも捨てられて、シャアに出会っているのだ。彼女が乗るアルパ・アジールは、強力だが手足が無い。カラーリングもあいまって、自由に動けない巨大な裸の赤ちゃんに見える。その彼女がシャアから感じた引力は相当に強かったのだ。
この会話の後で、シャアは「私はネオ・ジオンの再建と打倒アムロ以外興味はない」と言っているが「嘘か誠か、すぐにわかるさ」とギュネイに言わせているくらいだから、演出的には間違いなく嘘である。
シャアは、両方とも考えていない。
シャアの目的は一年戦争後期から一貫して「人類の革新」だ。
そして、アムロは打倒するより、語り合いたいのが本当だと、本解説では考える。
クエスが言うシャアの「わかるひとの不幸」とは何か。
人類は宇宙へ羽ばたいていくべきなのに、誰もそれをしようとしない。自分たちニュータイプは飛び立ちたいのに、周囲の人たちは、ずっとそこにいて動かない。災害が来るのを事前に予見してしまった人が、どんなに叫んでも動かない人々の中で、狂人として見られながら孤軍奮闘している様子に似ている。どう叫んでも、誰もついてこない。
ただ、このシャアに付いて来てくれる人がいるとすれば、それは私だと、クエスは感じている。
しかし、実際にシャアが求めているのはアムロだ。
シャアはクエスを相手にしていないので、アクシズ落としについては「二度と地球に帰ろうなどと甘えたことを人類が言い出さないように、破壊してしまうのさ」ではなく「地球を潰しはしない。休んでもらうんだ」と、表現のよく変わる本作でも、屈指のお優しい言葉で伝えている。
もちろん嘘だ。シャアはララアを拾ったし、Z時代にシンタとクムも拾ったように、ほいほい子供を拾ってくる。そして、特に面倒はみない。
クエスもまた、都合のよい戦闘マシーンとして、扱われていった。
シャアを新生ネオジオンにつなぎとめたいナナイの奮闘と、それをかわし続ける特に愛のないシャア
シャアは本当の目的を隠しているので、当然ナナイにも嘘をつく。
「私は宇宙に出た人類の革新を信じている」
ウソっぽい、事後の男女の会話である。
「しかし、人類全体をニュータイプにするためには、誰かが人類の業を背負わなければならない」
表向きはそう言っているが、シャアの本心は別にある。
ついさっき男女の行為をした女が目の前にいるのに、ララアの死を回想してシャアがしみじみと呟く。
「ララア、私を導いて欲しかった」
「明日の作戦は頼むぞ」
両手をついて覆い被さっているのに、まったく甘い会話にならないのを悔しく思いつつ、ナナイは言う。
「ジオン・ダイクンを受け継ぐ覚悟が、大佐を変えた」
Ζガンダム時代までの「クワトロ・バジーナ」から変わったのだ。一度は自由を求めた彼が、最後まで新生ネオジオンに、責任をもってくれるだろうか。
「───と思いたいが」
こう引っかかっているのは、本当はそんな覚悟は無いのではと、ナナイも懸念しているからだ。
「あんな小娘に気をとられて」
それで変な方向に行ってしまわないだろうか。
ナナイが苛立つのは、自分が身体を使って、シャアをつなぎ止めきれていないからだ。
榊原良子転生声のナナイは、ネオジオンの代表として、シャアを今度こそつなぎとめようとしている。立場的には、Ζガンダム前の、シャアがアクシズに潜伏していたときのハマーンと同じだ。
なお、身体を使おうとするナナイを、かわしてシャアは去る。
このシーンの会話は、シャアとしては本心ではないのだ。
政治家としての上手にウソをつくシャア
新生ネオジオンのマークは、翼を広げて飛翔せんとする白鳥だ。
ジオン軍服の意匠を用いて描かれており、兵士は親近感を憶える。ずっと戦ってきた彼らの階級章を抱く文様だ。
だが、シャアの最終的な目的はジオン再興ではない。
人類全体の「飛翔」である。
ニュータイプの使命は(後述するが)、銀河への飛翔だ。
その前で、シャアが大嘘を叫ぶ
「絶対に戦争を繰り返さないようにすべきだと確信したのである」
戦争が無ければニュータイプの目覚めはないと思っているシャアの、これは方便だ。
「それがアクシズを地球に落とす真の目的である。これによって、地球圏の戦争の源である地球に居続ける人々を粛正する」
言っていることは、嘘ではないが、人殺しで生活しているわけではない一般人や政治家むけの、アクシズ落としの意義を簡潔に説いている。
「諸君、自らの道を開くため、難民のための政治を手に入れるために、あと一息、諸君らの力を、私に貸していただきたい」
こちらはアクシズ落としの価値。協力を求めるための、政治的なパフォーマンスである。「スイートウォーターの救世主だ」という声もあって成功している。
「そして私は、父ジオンの元に召されるであろう」
死ぬ気で、死んでもやりますんで、よろしく頼みます、という意味の言い換えだ。そのためなら私は死んでもいい。戦争を根絶させられたら、父の元に、胸を張って行ける、という「あくまでも平和のため」という姿勢を見せている。
自嘲していた「道化」も、堂に入ったものだ。
そして、その死をもたらすのはアムロである。
「シャアがいるからだ。奴を仕留めなければ死にきれるもんじゃない」
ケーラの死を経て、アムロが呟く。
「そんな不吉なこと言わないで」
「覚悟を言ったまでだよ」
そう、チェーンを慰めるが、これこそアムロとシャアが心中するラストの予告である。
シャアの記憶を並べればわかる、彼にとっての忌まわしさ
「行け、アクシズ。忌まわしい記憶とともに」
ついにアクシズのエンジンに火が入った。
地球に向かって進む巨大な隕石を、シャアは忌まわしい記憶と呼ぶ。
彼が、忌まわしい記憶と同義のアクシズを地球に落とす。
その理由は何だろう。
アクシズを落とし、地球を寒冷化させて、人が住めない星にする。
人類がすべて宇宙に来れば、ニュータイプに目覚め、人類は革新する。
これだけを聞くと、たしかにシャアの目的であるように聞こえる。
しかし、これを、自ら「道化だよ」といいつつ、政治家として発言しているのは、これが建前であり、本音が別にあるからだ。
彼の別の目的は何か。
彼が忌まわしいと呼ぶ記憶から、ほどいてみよう。
幼少期からシャアはもう呪われて偏見の塊にされている
シャアは、これまでの孤独な人生の中で、様々な試練を、理不尽に背負わされてきた。それは、ジンバ・ラルから背負わされた、ザビ家への復讐という呪いから始まる。
シャア(当時はキャスバル・レム・ダイクン)の父は政争の果てに暗殺され、父の名前すらザビ家に奪われた。
ダイクンの死後、遺児であるキャスバルとその妹アルテイシアを保護し、亡命先の地球で匿ったジンバ・ラルは、政敵であるザビ家への復讐を執拗に説き、表舞台に出てほしいとシャアにしつこくせがむ。
これが、自分の意思なのか、植え付けられた呪いなのかわからないまま、「行かないで」と泣いてすがる最愛の妹と別れ、彼は人生の目的を「ザビ家への復讐」と定め、友達のふりをしてガルマ・ザビに近づいた。
いつの間にか、ダイクンの跡をついで、ザビ家に復讐することを、ジンバラルに「やりたくない」と言えなくなっていた。そうとは気づかないまま、子供のシャアは偏見の塊にされてしまったのだ。後年、ミネバへのジオニスト英才教育に対してシャアが怒ったのは、この経験があるからだろう。
一年戦争期 引き返せる最後のタイミングがあのときだった
ジオン公国の中で、本当の自分を隠して生きなければならなかったシャアにとって、それでもできた唯一の友人がガルマだ。
彼との日々は、復讐を忘れるような、数少ない落ち着ける時間だったろう。条件付きだが、素を出せる貴重な友人だ。実際に、ガルマの窮地を、何度もシャアは助けようとしている。
この時期のシャアにとって、ガルマは唯一対等な人間だったのだ。シャアは、ジオンの王子様。ガルマもまたザビ家の王子様。二人の境遇は似ている。そして、彼にはシャアにない人望があって、助けたくなる人徳がある。
しかし、彼はガルマを討った。
このときの高笑いのシャアと、素のシャアは、完全に別人に見える。
彼はこのとき二つに引き裂かれていた。ジンバ・ラルの呪いに操られた行動と、生まれてはじめてできたよい友達を大切にしたい意思。二つの気持ちが、内心で戦い葛藤していたのだ。
ザビ家への復讐など忘れて生きれば良かったのだ。
シャアにとってガルマは、軽はずみに殺してよい男ではなかった。
あれは、自分にない魅力をもった、理想的なもう一人の自分だったのだ。
しかし、結果として、ジンバ・ラルの呪いが勝った。
勝ってしまった。
シャアは、これで逃げ道を失う。
復讐の第一手を果たしてみれば、ジンバラルの怨念は、(シャアの)高笑いとともに満足して消えていく。
親友をこの手にかけた自分に残されたのは、この道を往くしかないという一本道。
もう、シャアは後戻りができなくなっていた。
先述のように、自分でも思ってもいないほどのダメージを受けたシャアは、そこで出会い救われた少女ララア・スンとともに生きようと思っていた。
そこに、突然あらわれる強くなったガンダムである。自分の軍人キャリアに泥を塗り続けてきたその少年パイロットに、ララアは精神的に寝取られ、あげく殺された。
いろいろあって、ア・バオア・クー。ドズルを見殺しにし、デギンを謀殺したギレンを討ったそのキシリアを、最後に討ち果たして(最初のテレビ版ガンダムがそうだったように)彼はここで死ぬつもりだった。
しかし、シャアは生き残って、ジンバ・ラルの呪いとは別に、自ら見つけた(と思っていた)理想「人類をニュータイプに導く」という夢を追い求めていく。だが、このニュータイプの理想もまた、ジンバ・ラルに伝えられた父のニュータイプ論だ。
どこまでも残る呪いを、シャアは背負って生きてきた。
後者を希望に変えようとしているが、これも本当は、別にシャアが背負わなくてもよい理想だ。彼はこの呪いを、ずっと抱えることになる。
グリプス戦役前後の理不尽な重責 ハマーンの熱烈なお誘いと、引っ張り込んで先に死ぬブレックス
一年戦争後、アクシズに行ってみれば、自分の立場は絶妙に危うかった。
ジオンのエースで教祖の息子、
かつぐ神輿にゃちょうどいい。
ザビ家が滅びたいまならば、
なにかやってくれるだろ。
そう思って待ってたワ、
軍事国家を強くして、
ふたりで一緒に戦争しましょっ♡と迫ってくるハマーンが待ち構えているのだ。(変な節回しですまん)
ここでもシャアは、誰かの理想を背負わされそうになる。
彼の「人類をニュータイプに導くため、宇宙に進出させたい理想」とは思想的に対立し、ややこしいことになってアクシズを出奔。
連邦に対抗する組織として、腰掛けのつもりでエウーゴに身を寄せたが、ブレックス准将が早々と死んで、組織の理想を託された。
ここでシャアはさすがに「ええい、またか。いつもだ、いつも私に責任を被せに来る」と自分のカリスマを呪っただろう。
ブレックスが死んで、この厄介な組織を、やりたくもないのに任されてしまった。
カミーユというニュータイプを導きたいと思うから逃げるに逃げられない。カミーユは、どことなくガルマに似ているのだ。(髪型?)
エウーゴがティターンズを倒したら少しはよくなるかと思って、トップに立って奮闘してみたが、想像以上に腐敗していたし、自分がいなくなったら、最終的には連邦軍に吸収されてしまった。
がんばった。
がんばりすぎた。
その結果がこれだ。
ニュータイプ能力が高すぎたカミーユは、人々の意思の受け皿となった結果、崩壊してしまった。
気持ちが分かる。自分も、このまま多くの人の期待を乗せられ続けるかと思うと、おかしくなりそうだ。
そして、なんだかんだでネオジオンの総帥にされて、気がつけば声がハマーンそっくりな女に脇を固められて、超巨大なしがらみを背負わされている。
「人類を宇宙に進出させるために、ニュータイプに覚醒させたい」
それだけだったのに、いつもいつも、ややこしい理不尽を背負わされる。
ザビ家への復讐、
唯一の友人を自分で殺さなければならなくなったこと、
最愛の女性を寝取られ殺されたこと、
戦後もやたらと頼られ、執着され、
逃げた先でも責任者にさせられ、
未来ある少年を導こうとしたが精神が耐えきれず錯乱、
最善の結果を求めて頑張ってきたが、
毎回毎回自分の理想は形にならずに壊れてしまう。
いつもだ。いつも自分の肩に、地球が乗っかっているような、そんな立場に立たされる。
自分の上に、たくさんの人が、まるで当然のような顔をして乗っている。
ブチ切れて誕生した「逆襲のシャア」
逆にしてやる。
そう、シャアは思った。
今度は自分が、人類の上に理不尽をおっかぶせてやる。
巨大な隕石を、巨大な理不尽を落としてやるぞ。
アムロ、支えられるか。
どうだ。怖いだろう。
私はずっと怖かったのだ。
理不尽に、たくさんの人の期待を乗せられてきたシャアが、逆に人類に理不尽を被せ返す。
これが「逆襲のシャア」の意味するところだ。
アクシズ落としの題目は、いくつもある。
人類の宇宙進出と、ニュータイプの覚醒のため。
地球を食い潰す、重力に魂をひかれたノミどもの粛正のため。
地球を休ませるときが来たから。
もっともらしく聞こえる。だが、アクシズ落としの核心は、ただシャアのエゴだ。シャアが自分の人生に納得するためにやっている行動なのである。
逆襲のシャアの最初の方から、すでにロジックのおかしさに気づくことがあるだろう。
シャアは「地球がもたん時が来ているのだ」といいつつ、地球にトドメを刺そうとしている。
シャアの計画が完遂されれば、多くの植物は枯れ果て、それを食する動物も死に果てる。地球の環境は何万年規模で、回復不能なダメージを負う。
直径10~15キロの隕石が6600万年前の白亜紀末期にユカタン半島に落下し、恐竜を含む地球上の75%の生物が死滅している。アクシズの質量は、およそその倍である。
そんなことは、シャアも分かっている。
この「アクシズ落とし」の本質は、その「忌まわしい記憶」をアクシズに仮託して、人類におっかぶせる逆襲なのだ。
アムロはシャアの行動を、急ぎすぎていると評するが、シャアが急ぎすぎているのは、自分が理不尽に耐えられなくなっているからだ。
実際にアクシズは地球に向かって落下しつつある。
ギュネイが死に、クエスが死に、チェーンが死に、シャアとアムロの一騎打ちになったところから、その戦闘に込められた二人の内面をみていこう。
上記の内容
「友達が作れないシャア」
「軍艦内部が透視できるアムロ」
「飛び出していけ宇宙の彼方」
「バズーカで説教しても平気」
「νガンダムとサザビーの設計思想の違い」
「ラー・カイラムって、どういう意味か知ってる?」
