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【写真家に取材】物語フォトグラファーが撮り続ける、今日のつづき

安井さんは、カメラを構えてもすぐにシャッターを切らない。
まず、相手の話に耳を傾ける。例えば、仕事のこと、これまでの道のり、最近ハマっていること。言葉が途切れても急かさず、うなずきながら、その人を知ろうとする。


「人は、話してみないと見えてこないところがありますよね。
 だから、まずその人を知ってから撮りたいんです」


そう言って、安井さんはようやくカメラに手を添えた。


安井さんの祖母と長男が庭を眺めている姿。10年前に撮影された。


彼女が惹かれるのは、整えられた「いい写真」よりも、肩の力が抜けたその人らしさ。写したいのは、シャッターをきる「瞬間」ではなく、今日に至るまでの暮らしの積み重ね、つまりその人の「今日のつづき」だ。

SNS用のプロフィール写真や、おしゃれな服とアクセサリーを纏った家族写真。もちろん、それらの良さもある。けれど安井さんにとって、写真はただ美しくポーズを決めたものではない。その人がどんな日々を大切にし、どんな価値観で生きているのかを写すためのものだった。


「心に残る写真って、ありのままの姿だと思うんです。
 私はそれを撮りたいです」


その人が何を大切にしてきたのか。何に迷い、何を選んできたのか。
安井さんに、映画のような演出やドラマチックな瞬間は必要ない。
残したいのは、「今日まで」と「これから」をつなぐ、日常の手触りそのものだった。


安井 佐和|物語フォトグラファー

高校時代にカメラに触れたことをきっかけに写真の世界へ。スタジオ勤務やアシスタントの経験を経て、日常の営みや暮らしに目を向けた写真を撮影するようになる。現在は、大切にしてきたものを残す「物語フォトグラファー」としてカメラだけでなくエッセイ執筆もしながら活動。家族写真や職人の写真を中心に自然体の表情が好評。日常を大切にしたい人たちから支持を集めている。


一緒に写っているのは安井さんの次男、小学校入学時に撮影。


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レンズの向こう側にあった世界


安井さんが初めてカメラを手にしたのは、高校生の頃だった。

庭に出ると、物干し竿の上に一匹のカエルが座っていて、父のカメラでそれを撮った。


「たったそれだけなのに、世界が変わったんです」


一匹のカエル。特別な出来事ではないはずなのに、なぜか気になった。気づけばカメラを構え、ファインダーを覗いていた。そしてシャッターを切った瞬間、レンズ越しには今まで見たことのない景色が広がっていた。


やがて両親に一眼レフを買ってもらい、写真が日常の中心になっていった。
大学にも進学したが、カメラ三昧。どうしたらうまく撮れるのか、何を撮ればいいのか。その答えは大学の中では見つからなかったからだ。


漆作家・漆職人の武藤久由さんの作品を撮影。工房にて。(https://www.urushimuto.com/)


しばらくして、愛知県・大須にあるスタジオで働き始めた。20kgを超える機材を抱えての移動は体力勝負だったが、それ以上にプロのカメラマンの技術をを毎日のように目に焼き付けられる環境がありがたかった。その後、別のスタジオに就職し、アシスタントとして全国を回る生活が始まる。毎日移動と撮影。現場は慌ただしく、求められるのは正確さとスピードだった。


そんな「正解」を求められる仕事のなかで、安井さんの目を引いたのは、感覚で生きているカメラマンたちだった。同じ被写体を撮っていても、仕上がりはまるで違う。「正解」の写真はどこにもなく、唯一無二で十人十色の写真ばかりだった。


「スピードと正確性を求められる写真ばかり撮影していたけど、
先輩カメラマンの方々の話を聞いて『撮り方に正解はない』と知ったんです」


彼らとは、居酒屋で朝の四時まで語り合うのが定番だった。安井さんはお酒がまったく飲めなかったが、その時間が好きだったという。交わしていたのは技術の話ではなく「なぜその写真を撮ったのか」「何に心が動いたのか」という「想い」だった。


「カメラは、人とつながる手段なんです。あの深夜があったから、人の話を聞いて、人となりを撮影したいと思うようになりました」


うまく撮れた写真と、想いが伝わる写真は、必ずしも同じではない。安井さんがレンズ越しに見つめているのは、写真の完成度だけではない気がした。
「その方が何を大切にして生きているのか」という目には見えない部分。その想いをすくい取り、写真として残す。

安井さんが「物語フォトグラファー」としてシャッターを切り続ける原点は、深夜の居酒屋にあった。


カメラから距離を置いたとき


次に関わるようになったのは、建築写真の現場だった。完成したばかりの建築物を、約四年間撮り続けたという。建物の撮影は、太陽の光が肝心だ。日の入り方を計算しながら、その場を一日中離れない。朝から現場に入り、夜まで。缶詰のような生活が続いた。

安井さんが撮影した写真は評価も高く、認められることも多かった。均整の取れたラインと光。整えられた一枚。

「ちゃんと撮れている、とは思っていました」


けれどシャッターを切るたびに、どこか息苦しさが増していった。建物は美しい。でも、そこには人がいない。暮らしの気配も、迷いも、物語もない。人の話を聞いて、暮らしや想いを撮りたいのに、それができない。完璧で芸術的な写真なのに、心が動かなくなっていった。


「整えることに、疲れてしまったんです。自分の居場所が分からなくなりました」


写真が嫌いになったわけではない。ただ、このまま撮り続けて、自分は何を残していけるのだろう。その問いが頭から離れなくなった。だから、少しカメラから離れることにした。長野県の田舎に引っ越し、農業を始めた。実家でも米や野菜を作っていたこともあり、土に触れる生活には馴染みがあったからだ。


農業は、写真とはまったく違うリズムで進んでいく。天候に左右され、予定通りにいかないことも多い。それでも日々の営みを、感じられた。そんななか、ふとした瞬間にスマートフォンで写真を撮った。特別な理由があったわけではない。初めて「撮りたい」と思った、物干し竿の上にいたカエルと同じだった。ただ、きれいだと感じた景色を、そのまま残す。広い空、土の色、作業の合間に見上げた山の稜線。何気なく撮った写真を友人に送ると、「さすがだね」と返ってきた。その一言で、自分がフォトグラファーだったことを思い出したという。


「また撮ってもいいのかもしれない」
「自分が撮りたいと思う写真を撮ればいい」


そう思えた。


「逃げてばかりだったけど、もう一回やってみようと思いました」


再びカメラを手にしたとき、向き合い方は変わっていた。完成度よりも、空気。正解よりも、自分の感覚。写真は誰かに評価されるためのものではなく、人と向き合うものへと変わっていった。


本を修繕している様子の1枚。「図書修理ボランティア ラ・ブック」より依頼があった。 




物語を撮るということ


撮影を覗かせてもらうと、そこに安井さんの姿があった。しかし「こっち向いてください〜!」「笑顔お願いします〜」のような声掛けはない。立ち位置やポーズ、表情の要望も伝えない。ただ静かに、存在を薄くしながら、撮影していた。


「形や流れをつくろうとすると、
撮られる方は緊張して不自然になってしまいます。
なので、自然に過ごしてもらえるようにしています」


安井さんのご家族。日常を撮影した1枚



この撮影スタイルは、10年という育児期間のなかで培ったという。

安井さんは三人の子を持つ母で、長い時間、我が子を撮り続けてきた。公園で走り回る姿。雨上がりの水たまりでどろんこになる姿。どれも「はいチーズ!」で撮ったわけではない。


「だって、子どもって言うことを聞かないじゃないですか。
自由じゃないですか」


指示通りに動かない。立ち止まってくれない。カメラを向けると緊張してしまう。だから、声をかけない。自分は「その場にいない」くらいの気持ちでシャッターを切る。そのほうが「狙っていない表情」を残せるし、自然体のほうが、とてつもなく愛おしい表情が残る。


姪っ子姉妹を撮影した1枚。愛知県稲沢市の桜並木にて。



「ふとした笑み、集中している横顔、無防備な姿。
自然な表情が一番ですよね」


これは子どもに限らず、大人も同じだ。仕事中の真剣な顔。思い出に触れたときの、目の奥。作られた笑顔や涙ではなく、本物を撮りたい。それが「物語フォトグラファー」の撮影だった。


その考え方を象徴する一枚がある。三人の息子と鯉のぼりを撮った写真だ。その日も特別な演出はしなかった。我が子と作った鯉のぼりと、カメラを持って外に出かけただけ。すると長男が突然、次男をこちょこちょしはじめた。それが引き金になって、兄弟同士のくすぐり大会が始まった。笑い声と体がぶつかり合う、その流れのまま。安井さんはすかさずシャッターを切った。


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5月にご自身のご家族を撮影した1枚。鯉のぼりはみんなで自作した。
(Instagramより)



「物語を撮るというのは、ドラマを演出することではないんです。
その方たちが大切にしている日常を、残しておくことなんです」


日常を残す大切さは、10年の育児経験から生まれていた。



残したいのは、今日のつづき


安井さんは、撮影した「その先」まで見据える。プロフィール写真やWeb掲載など「撮って終わり」にしない。写真の活用シーンに合わせて使い方を提案し、必要があれば写真に添える短い文章やエッセイの制作まで行うのだ。
写真と言葉が並ぶことで、日常は、より深い物語として残っていくという。


愛知県大治町のイベントからご依頼があった。参加者がシャボン玉を楽しむ様子。



そして、撮影を終えたあと、写真を見返していてよく思うことがあるという。


「この人は、どんな日々を生きてきたんだろう」
「どんな暮らしが、これから続いていくんだろう」


写真は一瞬を切り取るものだ。けれど安井さんにとって、その一瞬は「今日までの積み重ね」であり、暮らしのワンシーン。だから、家族写真も、仕事の写真も、日常の一枚も、特別な瞬間じゃなくていい。その場の空気や関係性、暮らしが、その人だけの「物語」になる。


安井さんぼ写真は人生のハイライトではなく、その人が生きてきた時間とこれからも続いていく日常の、1カット。残したいのは、「今日のつづき」だった。


愛知県稲沢市 国府宮神社にて撮影された1枚





愛知県・三重県・岐阜県にて撮影可能です。
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