幸せに生きる教科書 35ぬるま湯なシチュエーションに浸りすぎると人は快活さを失う。
僕も人生で何度か、そんなぬるま湯な環境を壊したいという暗い願望を感じだことがある。
1番は会社である。
転職という形で何回か会社を変わった。
違う仕事をしてみたかったというのも理由のひとつだったし、もっと稼ぎたいというのもあったけれど、本当は、ぬるま湯な環境に嫌気がさしたというのがあった。
「ぬるま湯のような人生」というのは、一見、心地よく安定しているように見えて、実は“成長も緊張もない”状態をたとえた言葉です。
人生でいえば、危険も挑戦も避け、無理せずほどほどに満足している状態。つまり「安定と引き換えに、刺激と成長を手放している」そんな状態。
このぬるま湯の環境にいるとき、「生きてる」感覚が薄まり、反対に「死んでる」なとぼんやり感じます。
安定はあっても本当の自由がないこと、やってはいるけど、猛烈にやってない、魂は全然燃えていない。なんならやりたいことがわからない。一事が万事こんな感じです。
いま自分がやりたいことを。いますぐ全力でやりきる。これをやらなければ、命は勢いを失うのです。
現状維持に安心や安全を感じても、心のどこかで「これでいいのか」という違和感が残ります。この小さな違和感を無視しないこと。
ニーチェの言葉を借りれば、「快適さは人を退化させる」。生は本来、変化と挑戦、痛みと歓びの連続であり、ぬるま湯のような日々は、自分自身の輪郭が少しずつ溶けていき、命のダイナミズムを鈍らせ、魂が眠りに落ちるのです。
心の奥から「このままでは俺は死んでしまう」と
無意識の警告を感じるのです。安全と安定を強く破壊したいという衝動は、実は「もっと生きたい」という欲求の裏返し。“何でもいいから変化を起こしたい”という生存本能の叫びなのです。
「もっと感じたい」「もっと動きたい」「もっと生きていたい」「猛烈に集中できる何かへの憧れ!
これは“再生への一歩”新しい人生への期待なのです。
知らない場所に行く、新しいことを始める、新しい人と仕事をしてみる。いままで怖いと思っていたことをやってみる。
そうやって現状に小さな波を立てることが、やがて大きな転機になります。
勇気をだして、ぬるま湯な環境から這い出し、行動していきましょう。
でなければ人生は闇に覆われてしまいます。
