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偏差値45の私立中学校が子どもの運命を変えたスタートライン

地方の偏差値45の私立中学が子どもを変えた

子どもは偏差値45の私立中学校に進学した。正直に言えば、私はその偏差値の数字を見てナメていた。ところが過去問を開いた瞬間、その難易度の高さに言葉を失った。今になって思う。子どもが国公立医学部に合格できたのは、あの中学受験と私立中学校があったからだ。人生は点ではなく線で見なければならないが、子どもの場合、確実に一段上へ成長するきっかけになったのは、あのタイミングだった。公立中学校を卒業した私が、子どもの通った私立中学校との違いを今さらながら考えている。

障壁があるということ


公立中学校と私立中学校の最大の違いは、入学するための障壁の有無だ。子どもの小学校の同級生で中学受験をしたのは、わずか二人だった。この地域では中学受験はマイノリティであり、私も別に選民思想を持っているわけではない。ただ、事実として言えることがある。小学生が受験勉強をして、試験をクリアした一定以上の学力を持つ生徒ばかりがいる環境と誰でも入れる環境。勉強を主軸に置きたい生徒にとって、どちらが適しているかは明白だった。周囲との温度差が大きい環境は、思春期の子どもにとって危険だ。自分の意志を強く持てればいいが、悪しきに流れる可能性もある。大学入学試験において選択肢を多く残したいのなら、偏差値45であっても私立中学校には利点がある。公立中学校を回避できる、という一点において。

景色が違う


対象となる生徒の質が違えば、教育の質も変わる。見ている景色が、まったく違うのだ。私立中学校では、受験に合格したある一定の学力とモチベーションがある生徒に向けた授業が展開される。公立中学校は、おそらく生徒の平均的な学力に合わせざるを得ない。それは仕方のないことだ。誤解してほしくないのは、公立中学校の教師の質が低く、私立中学校の教師の質が高いという単純な話ではない、ということだ。子どもが通っていた私立中学校にも「どうしようもない」と思える教師はいた。逆もまた然りだろう。ポテンシャルとやる気はあるのに、それを発揮できないジレンマに悩む公立中学校の教師だって、きっといるはずだ。

想像を超えた天才たち


どんな環境にも、自分より優秀な子はいる。公立中学校にも当然いるだろう。ただ、私立中学校にはそんな子が多数いる。しかも、想像していないレベルの子が。子どもの友人の中には、物理オリンピック出場者がいた。中学校の模試で県内一位を取る子がいた。英検、漢検、数検の準一級や二級を持つ子もいた。教科書中心の義務教育の延長線上には、いない子たちだった。そんな子たちから刺激を受け、腐ることなく努力する。互いに教え合い、高め合える仲間がいる。それが何より大きかった。事実、子どもが中学時代にどうしても勝てなかった7、8人は、ほぼ全員が東大、京大、医学部へ進学した。地方においては、驚異的な確率だと思う。

環境が意識を変える


何より、その環境に入るのと入らないのとでは、本人の意識が違う。もちろん公立中学校でも、塾などでこうした環境が手に入るのであれば問題ないのかもしれない。しかし私立中学校の方が、確実にそうした環境を手に入れやすい。子どもを高めたいなら、環境を求める。今はそう思っている。偏差値45の私立中学校。その数字に惑わされて、私は最初、その価値を見誤っていた。でも今ならわかる。あそこで過ごした時間が、子どもの人生を確実に変えたのだと。


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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。