見出し画像

【創作】黒田製作所物語 第12話 就活

 郡山西工業高校三年二組、朝のホームルームを終了する間際に担任教師の渡辺は二人の生徒の名前を出した。
「安藤と吉田は昼休みに職員室に来るように、以上」
 渡辺が教室から廊下に出るのを待って皆がざわめく。「良かったな」「おめでとう」という声があちこちから上がる。昼休みに職員室に呼ばれることは、就職の内定先を告げられる儀式ということをこの時期の生徒は全員が理解している。この儀式はこれまでも何度か行われており、就職を希望する者で儀式に参加していない生徒は残り三人だけだった。そのことが二人の笑顔とクラスメイトの祝意につながっていた。
 そして未だ儀式に呼ばれていない冨塚は
(二人の就職が決まったことは嬉しいけれど、おめでとうと伝えに行く気持ちにはなれないなぁ。二人とも私の就職が決まらないことを知っているはず。駄目な女の落ち込んだ顔を見せられても、気を使わせちゃうだろうし今日はもう早退しようかな、けど皆勤賞だしそれもちょっとなぁ。やはり女子で溶接工になろうというのは難しかったかしら。普通の事務職にすべきだったかな。けどなぁ)
 堂々巡りな考えにとらわれていた。
(昼休みまでにはちゃんと気持ちを切り替えて、安藤君と吉田君を祝福してあげよう)
 自分に言い聞かせて、憂鬱な迷路から脱出した。

 昼食も食べずに職員室に向かった二人のうち、先に戻った安藤は右手の拳を胸元で握りしめる小さいガッツポーズをしながら教室に入ってきた。少し遅れて入ってきた吉田は、両腕でガッツポーズを決めた。二人と仲の良い男子生徒がワラワラと駆け寄り、ハイタッチをしながら話を聞き出そうとする。遠目に見ていた冨塚は、男子生徒が集まった黒い制服の塊に笑顔を向け心の中でお祝いの言葉を伝えた。
 席を立つ気持ちにはなれず、弁当箱の冷たいご飯に視線を落とした。自分が心の器が小さい人間であることに少し落ち込んでいると、吉田が近づいてきたことに気づいた。
「吉田君、おめでとう」
(よし、ちゃんと笑顔で言えた。自分を褒めてあげよう、えらい)
「ありがとう。会社が川崎だからちょっと遠いけど頑張るよ。それで渡辺先生から冨塚に伝言で『放課後、職員室に来るように』だってさ」
(もしかして私の就職も決まったの。午前中に採用の連絡が入ったのかも)
 ドクン、と胸が脈打つ。
「ありがとう」
(普通に返事をしたつもりだけど、声が上ずっていなかったかしら。もし就職が決まったのなら今直ぐ話を聞きたいのに、放課後まで待たせたくてもよいのに)
 渡辺に対して少し恨めしい気持ちを抱きながら、お弁当箱に箸を伸ばした。

 放課後、冨塚が職員室に入ると直ぐに少し硬い表情の渡辺と目が合った。
(何だか嫌な感じがする)
「悪いな急に呼び出して、早く話をしたくてな。………単刀直入に言う。学校に来ていた求人が全て埋まった。いくつかの会社に『もう一名』を相談したが、女性の溶接工は受け入れて貰えなかった。力不足で申し訳ない。残念だが学校としてはもう何もできることがない」
 渡辺は深く頭を下げた。声が震えていた。こんな渡辺の姿を見るのは初めてだった。
(先生は落ち込まなくても良いです。就職浪人しても一年遅れで進学しても良いと両親は言ってくれていますので、一年かけてゆっくりと進路を考えてみます。様々な金属を繋ぐことができる、魔法使いみたいな溶接工になりたいという子どもの頃からの夢を一年で諦められるかはわかりませんけど。諦めきれず悶々とした人生を歩むかもしれませんけど、先生の力不足とか誰かが悪い訳とかじゃないです。女性に生まれたのが悪いだけです。
 あーぁ、この間の新聞の記事で、今年の高校生の就職率がほぼ100%と掲載されていたけど、私は数字に入らないちっぽけな存在か。確かにクラスの中で進路が決まらない最後の一人だし、もしかしたら学年で最後かもしれないなぁ。女性の溶接工という身のほど知らずの夢を見てきた罰なのかな。現実には叶えられないから夢と言うのかも)
 冨塚は何も言葉にすることができず黙って下唇を噛んだ。無意識のうちに両手が拳を作っていた。
「で、相談だ。お前の履歴書と成績表を先生の知り合いの社長に見せてもいいか。次年度の採用を予定していない会社だし、学校として独自に企業に接触して就職の斡旋をすることは禁じられているから就職活動じゃない。市内にある事業所の社長に、先生が個人的に就職が決まらない生徒がいるという世間話をするだけだ。その時に偶々、手元にあった資料をお見せすることになるかもという作戦だ。もし社長がお前の採用に興味を抱いてくれたら、後は社長と冨塚による二人の話し合いになる。その会社のことは信用して良い、先生が保証する。大きな会社ではないし一般的には有名とは言えないが、五十年以上もの間、事業を継続していて技術力は業界屈指、良い仕事をする良い会社だと先生は考えている。以前から生徒をインターンで受け入れていただきお世話になっているし、採用もしていただいている。施設の関係で女子生徒のインターン受け入れが駄目だったからお前は知らないかもしれないが、男子から『黒田製作所』の話を聞いたことがあるか。その社長にお前のような優秀な生徒がいることを、お伝えしたいと考えている」
 富塚は硬い表情のまま小さな声を絞り出した。
「溶接工として就職できる可能性はありますか」
「可能性があるとまでは言えないが、ゼロではないと思いたい。採用ルールを踏まえれば、こちらから就職したいとお願いするわけにはいかない。言外に冨塚の『溶接工として働きたい』という希望を社長に汲み取っていただき、会社として採用枠を設け、さらにお前が採用試験を受けて合格するという、宝くじなみの確率に期待するしかない。だけど先生は可能性がゼロではないと信じたい。他の生徒ならともかく、お前ならできるかもしれないと期待する気持ちがある」
「そんなことをして、先生のお立場は大丈夫なのでしょうか」
 渡辺の表情が少し緩む。
(一人だけ進路が決まらない苦しい時でも、人を思いやる気持ちを忘れない、そういうとこだ。成績が優秀なだけじゃない、溶接技術のセンスが良いだけじゃない。お前は人に対する優しさ、相手のことを大切に思うという貴重な資質を持っている人間だ。だから俺は、富塚のことを黒田社長に知って欲しい)
「まぁ公立高校の教師として、特定の生徒に肩入れし特定の企業に借りを作るような行動は褒められたものじゃないな。けど、お前を溶接工として就職させることができずに終わったら、俺は一生後悔する。この話はお前のためと言うより、俺の足掻きというか我儘なんだ。自分はできるだけのことをしたと納得したいために、お前を利用しているとも言える。だから俺のことを心配しなくていい」
 きっぱりと応えた渡辺を見て、冨塚は自然に小さな笑顔を浮かべながら言葉を重ねた。
「ありがとうございます。なら、私も一緒に社長のところに行かせていただけませんか」
 少しでも可能性があるのなら未来は自分で切り拓きたい。
「ちょっと待て」
 渡辺は冨塚を抑えるように上げた両手のうち右手を顎に寄せてから、少し俯いて話した。
「確認するがあくまで世間話に行くだけだから、こちらから就職のお願いはできない。そこは大丈夫だな。まぁこちらの下心はバレバレだろうから、そういう意味ではお前を見ていただけるよう、一緒に行った方が良いかもしれない。だが、相手がある話だから放課後に訪問できるとは限らない。採用試験ではないから公休扱いにはできない。先生は有休を使うが、お前が私用で早退すれば皆勤賞が消える。そこのところは両親と相談した方がいいだろう」
「是非、同行させてください。可能性がゼロじゃないのであれば、私に我儘を言わせてください。自分にも足掻かせてください。お願いします」
 冨塚は深々と頭を下げた。目に溜りつつある涙が零れないことを祈った。
「わかった。けど、今、一人で決めていいのか」
 富塚は満面の笑みで答えた。
「先ほど先生が『良い仕事をする良い会社』とおっしゃいました。信頼している渡辺先生が信用する会社の一員となり、良い仕事ができたら嬉しいです」
 渡辺は、両手をポンと膝に置き
「わかった。アポが取れたら一緒に社長に会いに行こう。黒田製作所は郡山中央工業団地にある。ウェブサイトがあるから閲覧はしておいてくれ。後、皆には内緒だぞ」
「わかりました。それでは失礼します」
 冨塚はお辞儀をすると、渡辺に背を向け軽やかな足取りで職員室を後にした。
 まだ何も決まったわけじゃないけれど、自分のことをここまで考えてくれる人がいる。未来への小さな光がある。そう考えると心に沸き立つものを抑えることができなかった。

 郡山西工業高校の卒業式、皆勤賞の受賞者名簿に「冨塚 恵」という名前を確認することができた。翌月に卒業式を控えた職員室で
「冨塚は自力で見事に就職を決めたのです、その就職活動をしたという十二月の早退は『公休』にすべきです」
 熱い口調で主張した渡辺を前に、教頭と校長は黙って判を押したという話が校内で噂された。

(第12話 おわり)

#創作大賞2025
#お仕事小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

福島太郎 サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。