砂漠の心の旅
ナマステ!魔タリカ779歳魂のR指定です。
旅の最終日程、デリーにやってきてやっと、もうすぐ帰国だなぁと思うと、
いよいよお風呂と日本食が恋しくなってくるのは毎度のことなんだけど、
温かいお風呂でボーっっとできるのは、日本だけの世界に誇る贅沢だなぁと思います。
旅先ではほとんどいつも一箇所にとどまって、暮らすように旅するのが私のスタイルですが、今回は友人と一緒にあちこち動き回ってゴアからプーナ、ジャイプール、プシュカル、そしてデリーに戻ってアグラへと出直して、私一人では絶対行かないであろう場所へと旅の友が導いてくれて、妙齢の女ふたり旅はまさに「食べて祈って恋をして」同じ年頃の気楽さは何物にも替えがたく、話も尽きません。
彼女はとてもアクティブで、美味しいお店や土地の見所をピンポイントで押さえてくれて、全く知らない土地なのにほとんどハズレなし。知らない人たちのマメなレビューにも感謝!
インドは見どころ満載で、懐に入って行けば行くほど惹き込まれていく不思議な国です。砂漠の国ラジャスタンのプシュカルでは初のラクダに乗って、ラクダ使いのお兄さんとラクダのラジャとの信頼関係にほんのりと胸を打たれました。お兄さんの名前を忘れちゃったのですが、日暮に生まれたので着いた名前は夕陽。まぁ、日暮くんということにしておきましょう。
日暮くんとラジャとの意思疎通は、鞭などの道具は一切使わず、口の端を使って出す独特の音でなされます。とても小さい音なんですが、ラジャはよく聞き取って指示通りに走ります。人間同士のそれとは全く違う回路を使っているように見えるコミュニケーションは、異世界の未知の周波数に触れたような、不思議な風景でした。
友人によれば馬や象も、声と音で使うそうなので、珍しいことではないのかもしれませんが、初めてみた私にとってはとても印象的でした。
日暮くんがいくつなのか聞き忘れましたが、推定20代前半だろうと思います。現在30歳のラジャと一緒にプシュカルからジャイプール、ジャイサルメールへと常にともに旅する良き友なのだそう。ラジャはパキスタン産で他のラジャスタン産に比べて少し小さいそうですが、とても力強い足取りで砂漠を進んでいきます。聞けばラクダの寿命は60歳とか70歳だそうで、ラジャはまだまだパワフルなのだと日暮くんは自慢げに言いました。
早くに両親を亡くしてた日暮くんは、小さい妹と弟を学校に行かせたりの世話をしながら育てていて、結婚はしておらず、タイ人の彼女は今は3ヶ月ほど音信不通の上に連絡先も知らずで、それは彼女だと言えるのかわかりませんが、悲しい恋の物語です。
今度来たらラクダのナイトサファリで僕を指名してよ、そして家に遊びに来て!という日暮くんはインド人にしては珍しく大人しめにとつとつと話します。あそこが自分の家だよ、と指差す先にあるのはその辺の材料を使って気ままに建てられた風のバラックです。彼はお客さんよりも、友達が欲しかったのかもしれません。小さい妹と弟の物語は単にチップ稼ぎかもしれないけれど、彼の語り口に免じてチップを弾みました。
ラクダの寿命が70年とはずいぶん長いものだ、と思ったので後で調べてみると、やはり30年でした。彼は最愛の友がもうすぐ寿命を迎えることを実は知っていて70年と言ったんじゃないかと思うのです。なんだかホントに切ないな。

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デリーからタクシーで4時間ほどの、あの有名なタージマハルにも行きました。真っ白な美しい大理石で作られたタージ・マハルは、ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが、亡くなった最愛の妃ムムターズ・マハルのために22年かけて建てられたお墓です。世界最大とも言われるこんなに美しいお墓を建てさせるほどのお妃様とは一体どんな人だったんでしょうか。

ムムターズ・マハルは美しく聡明で賢く、政治的にも影響力を持ち、慈善活動にも力を注いで皇帝の心の支えだったそうです。
5000人もいる後宮の美女たちの中から、たった一人のために建てられた壮麗なイスラム建築の中には仏教、ヒンズー教、ユダヤ教、キリスト教の全ての要素が組み込まれていて、これは一見の価値があります。
今でもタージマハルを作った人たちの子孫たちが営む周辺のお店では、精緻な技術を活かした工芸品が作られているそうです。
タージマハルの外郭に広がる街では、商人たちの客引きの声と物乞いが行き交い、猿と牛と観光客、リキシャの鳴らすクラクションの酷くうるさい音と、そこにある全てのものから出ている微妙な臭いでいっぱいです。タージマハルの美しさとの対比は壮絶ですが、これぞまさに贅沢に暮らす釈迦族の王子シッダールタが見た外の現実世界じゃないんでしょうか。
この世の天国と地獄の接点に立ってはじめて、人間がどう生きるべきなのか?人間はこの肉体だけの存在なのか?それとも肉体は仮の姿に過ぎず、真の姿はぼろぼろの肉体や衣服、持ち物の裏に隠されているのか?
だとしたら私たちは表面の姿や物質的な富を超えて、真実を観る目を養っていかなければなりません。執拗に付きまとってくる物乞い達に、神のメッセージを感じられるのかどうか?
大地から立ち昇る力強い生命エネルギーと、過酷な環境と現実が、まがいものの存続を許さないのかもしれません。インドのカオスな喧騒の中にいると、瞑想の静けさの中に入っていくのを容易に感じるのは、極端な陰と陽の対比のせいでしょうか。
インド人の完成された横顔や(全員じゃない)、なんでも見通しているかのような瞳の奥に宿る不思議な光に、第6チャクラの霊の輝きと精神の成熟を感じます。
最近は経済成長も著しくライジングしているインドとのビジネスの機会を探っている起業家も多いと思いますが、良い関係性を築きたいならまず、瞑想することをお勧めします。それがお互いの国の最良の質を交換することにつながるんじゃないかと思うのです。
2025 / 2月20日発行メルマガより

