書き下ろし/池田友彦のブランド “bemerkung”のファースト・ショー印象記 『”再・脱構築”と言う名のブリコラージュ。』
文責 / 平川武治:
初稿 / 2026年01月30日:
写真/ A/W-26、初のランウエーから。
0)『プロローグとして、僕のコレクションの見方、感じ方と読み方。』
1月09日に行われた、このデザイナーにとっては初めての"ランウエー・コレクション"でした。僕は5分ほど遅れて会場に着いたら既に、満員で
そのランウエーは始まっていた。
「僕が見終わって、人の流れが一区切りになったところでバックステージへ入って、お仕事を終えた"服"たちがモデル別の名札と共にハンガーラックに掛かっているのを一着ずつ見る、触るそして、素材を感じる。」
この僕の習慣はパリ・コレ四十年で身に付いたルーチーンの一つである。
気になったコレクションや気にかかるデザイナーのショー後に僕がやる癖、
バックステージへ行く厚かましい癖であり、僕なりの"お勤め"である。
ランウエーで僕が感じ、読み込む事はデザイナーの世界観やイメージ
と
それらの"カッコ良さ"であり後は、僕が"好きか、嫌いか"です。
結果「感じ取る事と読み込む事」の足し算が僕の「評論の根幹」なのです。
では、何を対象にこれらを感じ取るかと言えばデザインされた服は無論であるが、靴とキャップなどの小物とアクセサリーも然り、それにモデルの
キャスティング。後は、音楽や照明と会場構成からも感じ込む事ができる
トータルな「調和或いは、バランス感」である。
これらを総合して、僕がランウエーで読み取ることはこのコレクションの"テーマ性"であり雰囲気であり、ショー全体のバランス/調和であり
それらから「創造のための発想」までを探す事であり、
これらをランウエーの短い時間内に感じ、
読み込む作業が僕の「評論」の
為の"リサーチ"である。
そして、時代性という、"昨日なのか、今日なのか、明日なのか?"という時間軸の、一種の"ジグソー・パズル"に入れ込んでゆく。
そして、そのパズルがどのような"シーン"を見せてくれるか迄を確かめる。
これが長年の経験から身につけた「平川流コレクションを論じるための
ルーチーン」なのです。
1) 『コレクションから読み込んだこと、感じたこと、』
このデザイナー世代の特徴がある。それは彼らたちはM.M.M.やCdGに
直接、影響を受けてデザイナーになった或いは、このファッションの道を
選んで来た世代の人たちであり、共通する"刷り込み"がある。
この今回のブランド・デザイナーである池田友彦君は憧れたブランド『CdG」で働く機会を得て当然、それなりのプライドと自信を持って
十数年間を突っ走って来た"純粋培養"されたキャリアの持ち主である。
僕が見せてもらったランウエーの印象を極論すると、
「脱構築」と
「元コムデギャルソン・エリート」と言う彼が経験してきた
上質さを根幹とした素直な「足し算コレクション」或いは、
僕的なボキャブラリーを使えば、彼の経験値における「ブリコラージュ」
コレクションと感じた。
だが、僕のキャリアからすると彼らたち世代の憧れでありトレンドで
あった『脱構築の脱構築』がまだ、そんなに"新しい"のか?という
問い掛けが第一印象でもあった。
なぜならば、「モードの世界」はその後、90年代に入っての「脱構築」
そして、
90年代後半からのその後の進展は、"自分たちが崩した"ものを
再び、
ファッションの宿命である"人体"を使って「再構築」へ向かった。
そこで誕生したのが、「ジェンダーレス」から「ジェンダーフリー」
そして、「SDGs」から「サスビナリティ」と言う新しい視点は
「新しい倫理観」への布石でありその根幹は「明日を思うための世界観」であった
筈だ。
しかし、この文脈から言えば、今回の"bemerkung"のファースト・ショーからは、明日を思うための「新しさ」は残念ながら回避されたようだ。
これは「CdG」で学んでしまっだ"後遺症"であろうか?
僕的な極論は、「日本のサスビリティ運動」は川久保玲が変わらず、
ファッションメディアのイニシアティブをとっている限り、
日本の「モードにおける倫理」は世界の動きからは遅れをとる。
2)『この「モードの世界」も「脱構築」後の進展で「西欧文化」が
彷徨い
始めた。』
この現実は、"次なる向こう側"が見えないと言う迄の"確かなる不在感"
からの時代性と読もう。
僕的視点から見ると、「西欧近代」からの根幹である「男と女」に
よる
"人間中心主義"そのものの限界或いは、終焉期を迎え始めたと読む。
しかし、最近の若い世代のコレクションの多くからはここまでを感じ、
読み込む事が無意味な軽いコレクションの"イヴェント"として変貌する。
その原因の解り易い根幹は、"変わらぬ人体構造"による「新らたな
デザインの限界」であり、この世代の逃げ足の速い彼らたちは素早く後ろを振り返りかつて、自分たちが憧れた「M.M.M.」への想いをそして、
「西欧近代」の"在庫"というべき"アーカイーヴ"というリアリティの世界を
使って、自分たちが刷り
込まれた願望の「脱構築」を「再・脱構築」と言う手法で、"逆走"した。
この主人公たち、メディアで騒がれるファッションピープルたちは
ここで、更なる新しさを求め、「脱構築」〜「再構築」そして、
「表層の脱構築」と言う「再・脱構築」を極めて軽薄な手法で、
"アーカイブ〜古着"+"ストリート・テイスト"を「ブリコラージュ」する。
3)『ここに登場したのが「新たな仕組み」と「新たな役者」だ。』
従来の"デザイナー"と言う職域に変わって登場したのが「ファッション・ディレクター」又は「ファッション・アースティック・ディレクター」と
称された実際に、"布が触れない、捌けない"従って、彼らたちは実際の
「脱構築」が出来ないが、"弁が立つ"そして、"PCとSNS"を新たな手段
と
して、自分たちが憧れ、煽られた時代と再度、"時のトレンド"に浮上した「M.M.M.」からの古着と言うアーカイブとアルゴリズムを利用して
「ヴァーチャルな実存」を「再・脱構築」し始めた。
僕流に言ってしまえば、この実態としての「西欧近代」の終焉を覆い
隠そうとする業界人たちとメディアに煽られる器用者が次々に登場した。
彼らは「ラグジュアリー・ブランドブーム」を仕掛けそして、綻び始める「西欧近代」そのものを"アーカイブ"と称して、もう一つの領域の異民族達をメインにした"営業"を始めるこれはかつての、「植民地政策」を地政学的にビジネスとして戦略化した。
例えば、この潮流はブランド"L.V."の故ヴァージル起用後に実態になり、
その後の新しい登場者たちが目指したのは「それぞれにとっての編集
されたカッコよさ」=「メディ化とSNS露出度と実ビジネス」の世界であり、
彼らの市場自体も買わなくなった「西欧白人社会」から「黒人と東洋人」へメイン市場も戦略的にシフトされた。
その要因は世界的にも「全くの新しい創造」に必然性がなくなり始め、
「豊かさとゆとり」の実生活で育って来た"世代性と時代性"の影響であり、
これを僕は「ウオリー君を探せ!」の逆バージョン。
現代世代のユニフォーム的ファッション観とそのイメージが時代性だと
提言している。
4)『このデザイナーの凄さを見せてくれた一着のグレーのジャケット。』
僕は彼が「CdG」で体験し、彼自らが持っている「差異」で考え思い
付いた
"思考"を数学的に一つの挑戦或いは、実験として「自分が為すべき
世界」として覚悟し産み出された、このデザイナーの今後への信倚の
ファースト・ランウエーだったと感じる。
そのロジックは彼自身が発言している、
『視点の変化やプロセスを経て、想像を掻き立てる。その可能性を模索すること。』であり、
彼の『視点の実験』そのものだったのだろう。
しかし、この世界へ挑戦でき得る者は
現在の「切り貼り、お絵描きコレクション」の世界で「脱構築」だと嘯き、
パターンメイキングが出来ない
「ファッション・ディレクター」輩では
不可能な世界への"挑戦"である。
この彼の挑戦は、パターンメイキングが出来ない川久保玲の横で長い時間を掛けて思考した、彼しか出来ない非凡なる「ブリコラージュ」だった。
僕がショー後にバックステージへ行き、仕立ての良いグレーのジャケットを見つける。
これがこのデザイナーの”仕立てられる自信”と、「壁紙デザイナー」の
仕立てあげられない現実の違いである。
彼はこのオーセンティックなグレーのジャケットを軸とし、もう一方は
透明の塩化ビニールを使ったトップス。
これをそれぞれの両極として、この内なる領域で今回は、嘗てから
刷り込まれて来た「脱構築」の「再・脱構築」を自分世界で自分の「差異」で実直に『視点の実験』を行ったと読んだ。
従って、今回の完璧なる普遍性が仕立てられた"グレーのジャケット"と、
過去、2回の展示会の、"T-シャツ"と"シャツ"で試みた
『序章ー視点の実験』から得た「創造のための一片/One-Piace for the creations」を彼は
「ブリコラージュ」し、彼自身が焦がれる『生まれる逸脱や
変容の中に、
価値を見出す』と言う思いを馳せたのが今回、彼の「差異」を純粋に
「ブリコラージュ」した希少なコレクションだと読んだ。
僕流の言葉でよく発言しているこのデザイナーが持ちえた「差異」の
全てを「力」に変えるまでに考え抜き「産みの苦しみ」に苦悩した。
そして、
"パターンメイキング"、"CdGインフレンス"それにもう一つ、
"レゴ・ブロック世代"等
を知的に、賢くこのデザイナーらしくやはり、
「ブリコラージュ」したコレクションでもあった。
ファースト・デフィレ・コレクションであったためと、プレスの尽力も
あってなのだろう、多くの観客が来てくださったショーだったことも
僕は嬉しかった。
だが、この人たちの幾人たちが彼の「産みの苦しみ」を経た
『視点の実験』の価値を感じ、見つけ出したのであろうか?
或いは、彼の「ブリコラージュ」に興味を抱き、愉しむ迄のオーディエンスだったのだろうか?
最後に、彼は折角「自分らしい、豊かな自由」を手に入れたのだから、
自分しかできない、実経験を求める"イマジナリー・ボヤージュ"へ、
より、自由奔放に現実として、彼らしく精進し、体験して欲しいと望む。
そして、その体験から「自分的明日」を思い、焦がれてください。
そうすると、「次なる新しさ」が『視点の実験』から「触覚の倫理」と
しての「再・脱構築」の一端が見えてくるでしょう。
なぜならば、"良いパターンメイキング"とは
着る人の「こゝろとからだの着心地よさ」のためのものですね。
「ありがとう、池田くん❣️」
文責 / 平川武治。
初稿 / 2026年01月30日。
参考/
「脱構築」とは?/
https://ja.wikipedia.org/wiki/脱構築
今回の彼のデ フィレから汲み取った言葉は”Bricolage “である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
僕が’82年から編集し発刊していた季刊誌「Bric-College」 /
https://hamonika-koshoten.com/?pid=67807813&srsltid=AfmBOoo8KgJhP9Q4Nsp003a8Ekxwz-FEBAiZr-XRjTaG1GaQXAutw46t
