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第1章「感覚」はどこで失われるのか― 無意識の積み重ね「作為」とは ―

かつて感覚は
思考よりも前に静かにはたらいていました

呼吸 緊張 姿勢 疲労

そうしたものを
言葉を介さず読み取り
偏りを自ずと整えていく静かなはたらき

このはたらきを
ここでは〈内なる感覚〉と呼びます

虫の知らせ
幸先が良い
胸騒ぎ
ピンとくる
胸が躍る
前触れ
追い風を感じる
嫌な予感

どれも
迷信めいた表現として片づけられがちですが

日常の判断において
意識されることはほとんどありません

現代社会は<判断><分析><最適化>

といった
思考のはたらきを
大きく発達させてきました

思考は外に基準を求めます

正解 評価 効率

それらを探すこと自体は間違いではありません

むしろ
「うまくやろう」
「正しくあろう」
「間違えないようにしよう」

とする
誠実さの現れです

それ自体が
悪いわけではありません

しかし
<判断><分析><最適化>が
常に前に立ち続けるようになると
〈内なる感覚〉は思考の波に覆われ
静かなはたらきは見えにくくなっていきます

序章では
あえて失われたのは「感覚」である
と表現しました

けれど実際には
失われたのではなく
見えにくくなっただけです

だから
取り戻す必要はありません
新しく身につけるものでもありません

〈内なる感覚〉に意識を向けようとした瞬間
そこにはすでに作為が生まれています

意識を向ける
理解しようとする
掴もうとする

その一つひとつが
思考による無意識の積み重ねです

こうして私たちは
自ら覆いを重ね
静かなはたらきを
さらに見えにくくしてきました

思考による無意識の積み重ね
無自覚な介入

こうした作為を
害する薄紙と呼びます

害する薄紙が積み重なるとき
體(からだ)には
一定の順番で変化が現れます

最初に呼吸が変わる
呼氣が切れやすくなり
息は浅く速くなる

次に姿勢が変わる
緊張で支え
崩れないように姿勢をたもつ

その結果
全体のバランスが失われていく

さらに視野が変わる 
一点に固まり全体が見えにくくなる

最後に聲(こえ)が変わる
響きが減り
喉でしぼり出すようになる

この順番を知ると
感覚は取り戻すものではなく
ほどくものだと分かります

ほどくとは
努力で上書きすることではありません

害する薄紙を積み重ねてきた
無自覚な介入を静かに手放していくことです

ここで必要になるのが
もう一つの薄紙

利する薄紙

利する薄紙は
何かを足すためのものではありません

害する薄紙をほどくための
最低限の条件として一時的に用いられ
最後には
それすら手放されます

創道は
この二つを区別します

害する薄紙は感覚を覆う

利する薄紙は覆いをほどく

この区別がついたとき
人は自分を責める必要がなくなります

氣合も根性も必要ありません

「変わる」ことも「高める」こともありません

過剰に介入してきた作為が
静かにほどけていく条件を整える

条件が整うと
微細なはたらきは明らかになっていきます

呼吸は自ずと深まり
姿勢は自ずと落ち着き
判断は静かに定まっていきます

それは前へ進む力を足すことではありません

本来あった流れが
再び通り始める感触です

これこそが〈内なる感覚〉への帰還

次章では
この覆いが最初に現れやすい兆候として
呼吸を扱います

呼吸は整える対象ではありません

作為が増えたとき
最初に影響を受ける指標です

最後に
ひとつだけ

この連載で扱う「還り方」

私たちはDAN100™と呼んでいます

今回はここまで


感覚は失われたのではなく、薄紙一枚に覆われているだけ。だから、力を入れて取り戻すのではなく、ほどいていく。

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