教え、導くこと
はろはろ~。
今回は箸休め回かも?
あんまり思考がまとまっていない感じ
教え方が下手
人のコーチングをしていて思うことがある。
それは、ケースバイケース。
個性が千差万別ならば、
過程は千変万化で臨機応変になる。
たぬきは、それを
当たり前と思い過ぎていないか?
それを強い過ぎてはいないか?
ということ。
共通する法則性のようなものはあるし
大切にしている独自のものもある。
しる
する
できる
できつづける
わかちあう
の段階分けも、その一つだ。
けれど、それは…
たぬきほど
みんなの価値に採用されていない。
そりゃあ、そうだ。
たぬきは強要しないからだ。
一瞬、関心されても通り過ぎていく。
たぬきの教えの多くは
擦り減り、摩耗し、忘れられがち
結果、浸透に至らずに
たぬきからすれば
似たようなパターンなのに
教え子たちは『別問題』として
何度もひっかかる。
これはシンプルに
『経験値の差』
で片付けて良いものではない。
教え方が悪いと言わざるを得ない。
自主性の神話
例えば
(指定範囲)修得 ↔ 探究(自問自学)
(教える側主体)教育 ↔ 学習(教え子側主体)
(型から入る)訓練 ↔ 実践(経験してく)
(指導する)教導 ↔ 伴走(寄り添い)
何を、どのくらい学ぶか?
たぬきは相手に委ねている。
明らかに左右で言えば
右に寄っている。
自らの意志
自己意志を強く推す
それはそうだけれど……
意志の弱さ
意志の迷走
意志の非持続
たぬきは、ソレらを序盤だけでも
もう少しケアしてあげた方が……
いいんじゃないだろうか?
と、少し思い始めた。
厳し過ぎかも🦆
価値観を押し付けたくはない。
自由な学びをして欲しい。
けど、少し。
たぬき側で制御が必要なのだろうか?
導き方の姿勢
たぬきの育成計画は
よく言えば、個別特化オーダーメイド
悪く言えば、いきあたりばったりだ。
だって、個々人でちがうから。
千差万別だから
十人十色だから
成長速度も違う。
学びの得手不得手も違う。
それを見定めるために
与えられる時間すらまばら
与えられる情報量もまばら
何が効果的か?
見極めるまでも異なる
人によって違う
それは事実だ。当然だ。
けれど、盲点だった。
自主性、自由意志、個体差
これらを尊重してきたけれど
『導き方の姿勢』というだけで
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