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コーチ物語 クライアント63「五人の侍」 第三章 見えない敵 その7

「なるほど、事情はわかった」
 紅竜会のチンピラを追い払った後、竹井警部に今回のいきさつを説明した。
「警察の力で何とかならないのですか?」
 私は懇願するように竹井警部にお願いをした。が、竹井警部は暗い顔つきで首を横に振った。
「まぁそちらの思いもわかるけどよ。残念だけど警察ってとこは何か起きないと動かねぇんだよ。ホントはそれじゃいけねぇのはわかってんだけど。実際のところ警察も人手不足でな」
「でも、市民の安全な生活を守るのが警察の仕事じゃないんですか」
 私はムキになって言い返したが、今度はこう反論された。
「動きてぇのは山々なんだよ。でもな、紅竜会が組織立って反対派に嫌がらせをするっていうハッキリとした証拠がねぇだろ。お前さん達との口約束だけしかそれを証明できねぇ。紅竜会がシラをきればそれまでの話だ」
 確かに竹井警部の言う通りだ。この件に関して契約書を交わしたわけでもない。ましてや金銭の授受があったなんて言うわけにもいかない。
「羽賀ぁ、お前の力でなんとかならんのか? いつもみたいにコーチングで事件を解決ってわけにはいかねぇのかよ」
「竹井警部、それについてはこちらも事を進めようと考えています。まずはこちらの生田さんのプロジェクトチームの力を借りようと思っていたところです。それよりも竹井警部、一つ頼まれてくれませんか?」
「何だよ、あらたまって。イヤといってもあのおてんば娘からネチネチ言われるのがわかってっからよ。ったく、オレもお人好しだなぁ」
「おてんば娘って?」
「あぁ、ウチのミクのことですよ。生田さんも前に会ったことがあるでしょう」
「あ、なるほど。あの子のことか」
 妙に納得。どうやら竹井警部はあのミクさんが苦手らしい。
「で、頼み事って何だよ?」
「はい。竹井警部は紅竜会の会長をご存じですよね」
「ご存じって、友達みたいに言うなよ。まぁあの和泉会長なら知っちゃいるがよ。まさかあの会長に会わせろ、とか言うんじゃねぇだろうな」
 竹井警部のその言葉に、羽賀さんはだまって首を縦に振った。
「おいおい、冗談はよしてくれよ。いくらオレでもあの会長に会わせるなんてことはできねぇぞ」
 だが羽賀さんは黙ったまま真剣な目つきで竹井警部を見つめている。
 しばらく沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは竹井警部であった。
「ったく、おめえにはかなわねぇな。わかった、わかったよ。会わせてやるよ。でもよくオレがあの和泉会長とつながっているの知ってたな?」
「いえ、全然知りませんでしたよ」
「なにぃっ! ってことはお前にはめられたのかよ」
「ま、あのチンピラを眼力だけで追い払う竹井警部ですから。それなりの修羅場はくぐってると思ってましたよ。じゃ、早速お願いしますよ」
 羽賀さんって奥が深い人だなぁ。しかし今のは勉強になった。相手から何かを引き出そうとしたときに、むやみやたらと質問を投げかけるのではなく相手から言い出すことを信じて黙って待っていればいいのか。
 竹井警部は携帯電話を取りだし、しぶしぶ電話をかけ始めた。
「それにしてもさっきといい今のといい、羽賀さんって頭が切れますよねぇ」
 竹井警部が電話をかけ始めたときに榊原がそう言ってきた。確かに羽賀さんの頭の切れ方には感心する。
「さっきのなんて、私には『客を適当にあしらって時間を稼いで』という指示でしょ。生田さんには『客から私の姿が隠れるように座り直して』という指示だけ。その間に羽賀さんは竹井警部に連絡を取っていたんでしょう?」
「まぁ正確に言うと、あの客と入れ違いで出ていった唐沢にメールを送ったんだ。竹井警部に助けに来るよう連絡をとってくれって。唐沢ならボクのやりたいことがわかってくれると思っていましたからね。竹井警部が到着したことをメールで伝えてくれたのも唐沢でしたから」
 なるほど、見事な連係プレーだ。相手のことを信頼していないとこんなマネはできない。果たして私のチームでこんなに見事な連携がとれるだろうか。チームワークは悪くないと思っていたが、ここまでの信頼を持って事に臨むなんてことはできないだろう。
「おう、羽賀ぁ。会長さん会ってくれるってよ。にしてもお前さん会長に会って何をしようってんだよ。今回の件から手を引けってお願いしても、あっちも政治家先生の手前手を引くわけにはいかねぇはずだぞ」
「なぁに、ちょっとしたコーチングをやるだけですよ」
 羽賀さんは笑ってそう言いのけた。暴力団の、しかも会長にコーチングって。いくら度胸があってもそんなに簡単にはできないはずだ。それこそ竹井警部以上の修羅場をくぐってきたとしか思えない。
「会長は今日の午後二時からならOKだそうだ。場所はここでいいんだろう? もうそう言っておいたぞ」
「はい、ありがとうございます。じゃあその後に生田さんのプロジェクトチームのメンバーにお願いに行きたいのですが。それでいいですか?」
「あ、はい。わかりました。何時くらいになるでしょうか?」
「う〜ん、堀さんにも事情を説明してから行くので、たぶん五時くらいかなぁ。まぁ三十分くらいで終わるでしょうから」
「わかりました。みんなにそう伝えておきます。じゃぁ私は一旦会社に戻ることにします」
 そう言って私は席を立ち、店を出ようとした。と、そのとき
「生田さん、奥さんを、小百合さんを大事にしてあげてくださいね」
 榊原が突然そんなことを言った。
「えぇ、わかってますよ」
 私は振り向きもせずにぶっきらぼうにそう返事をして店を出て行った。
 あの喫茶店で私と小百合は出会った。マスターのおかげで結婚できたのも同然だ。だから夫婦仲が気になるのはわかる。しかし今はそんなこと気にしている場合じゃないだろう。わかっている、わかっているけど今はこっちの方が大事なんだ。
 私は自分と小百合との今の関係を正当化するかのように自分にそう言い聞かせた。
「みんな、忙しいところ悪いけれど夕方五時からミーティングを行うから集合してくれ」
 私は会社に帰ってすぐにみんなにそう伝えた。こういった突発的なミーティングは常に行っている。だから誰も不満も持たずに二つ返事で首を縦に振ってくれた。
「課長、安原さんと沢谷さんは外回りで、帰社が六時過ぎの予定になっていますが」
 部下の一人がそう報告に来た。
「まぁしかたない。今回のミーティングはお客さんが来るからな。まぁあの二人なら後から事情を話せばわかってくれるだろう」
 ここでさっきの羽賀さんと唐沢さんの関係を思い出した。安原くんと沢谷くんとならきっとあんな関係が築けるはずだ。現に私がいなくてもあの二人は自分で考えて行動を起こしてくれる。その行動は今まで私を裏切ったことはない。今回の反対派の動きを抑える件についてはちょっと行き過ぎたところもあるだろうが。それでも会社的に見れば十分評価できる行動だ。
 しかし安原くんに指示を出した黒幕とは一体誰なんだろう。羽賀さんもテツもあたりはついているようだが。しかもテツは四星商事の内部の人間のようないい方をしていたな。
 そんなことで頭を廻らせていたら、あっというまに約束の五時近くになってしまった。それに気づいたのは、受付から羽賀さんと堀さんが来社されたという連絡を受けたときだった。
「お待たせしました」
 私はあわてて受付フロアに二人を迎えに行った。
「いえ、ボクもここに足を踏み入れるのは久しぶりですから。懐かしさでいろんなところを見てましたよ。もっと時間が欲しかったくらいだ」
「何言ってんのよ。受付の女の子口説いてたくせに」
「あれは口説いてたんじゃなくて、いろいろと聞いていたんだよぉ」
「あはは、じゃぁ行きましょう」
 二人をミーティングルームへ案内する途中、私は気になっていることを羽賀さんに質問した。
「紅竜会の和泉会長とはどんなお話しをされたのですか? コーチングをするって言っていましたけど」
「あはは。その話はちょっと長くなるからまた別の機会にしましょう。それよりも今は生田さんのチームメンバーにいかに協力してもらうか。それに集中しましょう」
「わかりました」
「まずは羽賀くんがみんなの気持ちを高めてくれるから。その後私がみんなから意見を引き出すようにするわ」
 堀さんと羽賀さんの間では打合せは終わっているようだ。となるとまずは羽賀さんのお手並み拝見といったところ。
 果たしてどんな手でチームメンバーの協力を仰ごうというのだろうか。私は期待しながら会議室のドアを開いた。

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