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コーチ物語 クライアント63「五人の侍」 第三章 見えない敵 その1 

「遅くなりました」
 料亭浜善。中居から一番奥にある座敷に案内された私は障子を開けてすぐに頭を下げてそうあいさつした。そして頭を上げたときに私の目に入ったもの。それは……
「か、川崎幹事長……」
 そう、あの週刊誌で我が市の間宮市長と四星商事の東専務と一緒にスクープ写真を撮られた、相志党の幹事長、川崎氏の姿であった。
「まぁ座りたまえ」
 川崎幹事長はすでに手には杯を持って目の前の料理に舌鼓をうっていたようだ。その杯にお酒をつごうとしているのは沢谷くん。そしてその隣には安原くんの姿もあった。
「いやぁ、君の部下はなかなか優秀だね。どこで私のスケジュールをつかんだのかは知らないが、こうやって美人に誘われたら断るわけにはいかないからね」
 そう言って川崎幹事長はバカ笑い。だがすぐに真面目な顔をしてこう話を持ちかけてきた。
「例の週刊誌の記事、あれを君のところでうまく握りつぶしてくれているんだって? いやぁ、私としてはとても助かるよ」
「いえ、あんなゴシップ記事で簡単に傾くほどのプロジェクトではないでしょうが。しかし念には念を入れてことに取りかからなければいけませんからね」
 私は川崎幹事長の言葉に恐縮しながらもそう答えた。しかし沢谷くんと安原くんは何故川崎幹事長と私を引き合わせたのだろうか? そう思っていたら、安原くんがこの件に対して口火を切った。
「川崎幹事長にはこの街の発展のためにはいろいろとご尽力を賜っております。特に今回は私どもが進めている第二都市プロジェクトにおいて、さまざまな国の認可をスムーズに取れるように話を進めて頂いていることには大変感謝しております」
 確かに、川崎幹事長の政治力があったからこそ驚くほど事がスムーズに進んでいるのは間違いない。国へのほとんどの根回しが進んでいるからこそ、今更このプロジェクトの計画変更など考えられないのだ。
「そんな中、今回の週刊誌の事件が起きましたことには私たちも大変腹を立てています。全く、連中は何もわかっていない」
 うん、安原くんの言う通りだ。
「このままでは反対派の連中に調子づかせるだけです。そこで川崎幹事長にぜひとももう一つだけお力を貸して頂けないかと思いまして」
「なんだ、どういうことかな。言ってみろ」
「はい。ほんの少しだけ兵隊を貸してはいただけないかと」
 兵隊? どういうことだ。
「きさま、何を言っているのかわかっているのか?」
「はい。申し訳ありませんが私どもは情報産業も生業としているところがありまして。あの件については承知しております」
 あの件とは何だ? 私は何も聞いていないぞ。
「ふふふ、おもしろいやつだ。よし、じゃぁちょっと待ってろ」
 そう言って川崎幹事長は携帯電話を取りだしてどこかへ電話をかけ始めた。
「あぁ、ワシだ。昭和町の浜善は知っているな。今すぐ来てくれるか。あぁ、今すぐだ」
 一方的な命令口調。どうやら今から誰かがこちらへやってくるようだ。
「それにしても課長さん、あんたなかなかできる部下をお持ちですな」
「あ、申し遅れました。私は生田と申します。第二都市プロジェクトのプロジェクトリーダーをやっております」
 私はあわてて自分の名刺を取りだし、川崎幹事長へ手渡した。
「生田さんか、覚えておこう。まぁヤツが来るまではもうしばらくかかるだろう。君も一杯いきたまえ」
 そう言って私は川崎幹事長から杯を手渡された。これを断ることはない。むしろ光栄なことだ。
 だが私は安原くんが何を狙っているのか、まだわけがわからずにいた。しかし上司が何も知りませんでは格好が付かない。適当に口裏を合わせておくしかないだろう。
 とりあえず待ち人が来るまでは第二都市プロジェクトの話で逃げることにした。今回のプロジェクトの目玉は何と言っても現在の商業圏と新都市を結ぶモノレールだ。このモノレール構想を実現させるために、川崎幹事長には国土交通省の認可を取る下準備にかなり力を借りた。
「まぁったく、あのハゲオヤジはちょいと女をちらつかせりゃ簡単に言うこときくんだからなぁ。わぁっはっは」
 川崎幹事長は酔いもまわってかなりごきげんになってきた。ちなみにハゲオヤジとは国土交通省の事務次官のことであるが。
 そんな会話をしていたときに、仲居の声が廊下から聞こえた。
「お客様がおつきになりました」
「おうっ、入れ」
 川崎幹事長の声で障子が開く。そこには和服を着た、年の頃なら六十くらいの男性が頭を低くして座っていた。
「お久しぶりでございます。川崎様」
「和泉、よく来たな。まぁ入れ」
「はいっ」
 和泉と呼ばれたその男は頭を下げたまま川崎幹事長の横に位置した。
「和泉、こちらの方たちがおまえさんところの兵隊を少し借りたいと言っている。悪いがちょっと手助けをしてくれないか」
「はい。川崎様の言うことであればもちろんそうさせていただきます。ただこの方たちの素性だけは教えて頂かないと」
「おう、そうだったな。悪いがちょいと自己紹介をしてくれないか」
 私は川崎幹事長に言われた通り、名刺を出して簡単なあいさつをした。私に続いて安原くん、沢谷くんも同じようにあいさつ。
「そうですか、四星商事の方でしたか」
 その言葉には何か意味がありそうな感じがした。ここで安原くんが今回の件について説明を始めた。
「この度はお力を貸して頂けるということでありがとうございます。第二都市プロジェクトについてはすでにご存じのことかと思いますが」
「えぇ。おかげでウチも今後はどのように事業を展開しようかと思案しているところです。飲屋街も今は私たちの力で平穏を保っていますからね。第二都市ではこういった歓楽街がどのような形で展開されるのか、興味をもっているところですよ」
 飲屋街の平穏を保っているだと? どういうことなのだ。この和泉という男は一体何者だ?
「その件ついては今回お力を貸して頂いたお礼として情報をお伝え致しますよ。それよりも今私たちが困っているのは、このプロジェクトに反対をしている勢力のことです」
「あぁ、榊原とかいうヤツがやっているあれか。ということは今回私たちが連中の動きを抑えればいい、ということですかな」
「お察しの通りです。連中の動きがなければ、来週行われる市へのプロジェクトのプレゼンテーションも問題なく進むでしょう。そうすることで第二都市建設計画も予定通り。この街の土建業もにぎわいを増すというものです」
「なるほどな。連中がにぎわえばこちらへの実入りも多くなる、ということですかな」
「まぁその通りですね」
「わかりました。仰せの通りにいたしましょう。榊原の動きならばちょいと脅しをかければ簡単に封じることはできるでしょう。とはいってもこちらも何の手みやげもナシではちょっと……」
 和泉という男はそう言うと、ギロリと安原くんをにらんだ。
 だが安原くんはにやりと笑い、沢谷くんへ目で合図を送った。その合図で沢谷くんはバッグの中から封筒を取りだした。その封筒を安原くんに手渡し、さらにそれがそのまま和泉という男の前に差し出された。
「これでひとつ、お願いいたします」
 和泉は中身を確認もせず、その封筒をそのままふところに納めた。
「わかりました。では明日から早速とりかかりましょう」
「うむ、よろしく頼んだよ」
 川崎幹事長はそう言うと和泉の方をちらりと見た。和泉はにやりと笑い、先ほど安原くんから受け取った封筒をふところから取りだし指を突っ込む。
 そして中に入っているものを一束つかんでそのまま川崎幹事長へ手渡した。
 このとき私は見た。川崎幹事長に手渡されたものを。それは明らかに札束であった。封をしているところをみると、おそらくその額は百万円といったところだろう。ということはあの封筒には二百万円ほど入っていたことになるか。
 この場にいた中で事情がつかめないのは私一人のようだ。この和泉という男は一体何者なのだ。そして安原くんはこの和泉に何を依頼したというのだ。
「では私はこの辺で」
 和泉は座を離れようと腰を上げた。このとき和泉が私に向かってこう言った。
「えっと、生田課長さん、ですか。このプロジェクトの責任者ということだそうで。もし何かありましたらこちらまで直接ご連絡下さい」
 そう言って和泉はたもとから一枚の紙を取り出した。どうやら名刺のようだ。
 その名刺にはこう書かれていた。
  紅竜会  会長  和泉 毅一
 こ、紅竜会……。この辺一帯を仕切っている暴力団ではないか。ということは川崎幹事長は紅竜会とつながりがあるのか。そして安原くんは暴力団の力で反対派を抑えようとしていたのか。
「あ、そうそう。おたくの畑田様によろしくお伝え下さい」
 そう言って和泉は席を離れた。

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