【責任の所在】「自己決定」を支える契約関係のリアリティ
単身赴任ヘルパー・ジークです!
いつも読んでいただき、ありがとうございます☺️
昨日はたくさんのコメントありがとうございました🙇♂️
ただの肉体疲労にも関わらず、ご心配いただき大変申し訳ない気持ちになりました😭
みなさんお優しい…
あと、音声での話し言葉が地味に好評だったようなのでたまにやってみようかなあ。なんて思いました☺️笑
さて、4日?5日?ぶりの普段投稿ですが、今回は「責任」について。
重っ!笑 ですよね😅
しかし、自薦という仕組みを説明する上で、いい話ばかりではなく、どうしても避けて通れない「責任」の話があります。
福祉の現場でよく耳にする「利用者さんの安全のために」という言葉が当事者さんからすれば「自分で決める権利」を奪うという行為である、という何とも言えない表裏一体な現実は、現場で働く方の葛藤の種になっているのではないでしょうか。
「何かあったら困るから」と支援者が先回りして制限をかける。一見すると親切に聞こえるけれど、それって結局、当事者さんの人生の主権を僕ら支援者が勝手に肩代わりしてしまっているんですよね。
もちろん、こんなのは理想論だと言われるかもしれません!
実際、現場で自分の判断を一切挟まず、当事者の決定に100%委ねるなんてことは、死ぬほど難しい。
目の前でリスクが見えていれば口を出したくなるし、止めたくなるのが人間です。その心理的なプレッシャーや、制度としての「安全配慮」との板挟みは、現場に立っていれば誰だってシビアに感じるものです。
ただ、その困難さを認めた上で、それでもなぜ自薦において「責任」の所在をはっきりさせなきゃいけないのか。復帰明けには重たい話ですが今回は、その背景について深掘りしていこうと思います。
💡 支援者は「判断」の外側に立つ
一般的な福祉サービスや施設の場合、どうしても「安全を守る側(事業者)」と「守られる側(利用者さん)」という上下関係ができがちです。そこでは、事業者がリスクを評価して「これはOK、これはダメ」と判断を下すのが当たり前になっています。
でも、自薦の本質はそこにはありません。自薦は、あくまで当事者が自分の生活をマネジメントする場です。
ここで僕ら支援者が「危ないから」「こっちの方が効率がいいから」と勝手に「判断」を下してしまったら、その瞬間に自薦という仕組みは崩れます。支援者が判断した時点で、その生活の主導権は当事者さんではなく、支援者のものになってしまうからです。
もちろん、黙って見守るのが怖いときもあります。それでも、自分の価値観や「善意の判断」を一歩引いて、当事者の決定の外側に立ち続けること。
それが、自薦の現場で僕ら支援者に求められる、最も基本的で、かつ最も難しいスタンスなんです。
💡 「指示」が責任の所在を明確にする
自薦の現場では、ヘルパーが勝手に動くことはありません。基本はあくまで当事者さんからの「指示」があって、初めて僕らは動きます。
これ、単なる「お作法」の話じゃないんです。当事者さんが指示を出し、ヘルパーがそれを遂行する。この形を徹底することで、その行為に対する責任の所在がどこにあるのかを、論理的にはっきりさせているわけです。
もしヘルパーが「気を利かせて」指示にないことをやって、そこでトラブルが起きたらどうなるか。それは当事者さんの責任ではなく、勝手に動いたヘルパーの責任になってしまいます。
逆に、たとえリスクがあることでも、当事者さんが「こうしてくれ」と明確に指示を出し、ヘルパーがその通りに動いたのであれば、それは当事者の「自己決定」の結果として成立します。
「指示を待つ」というのは、一見すると受け身で無責任に見えるかもしれません。でも、実はこれこそが、当事者さんの人生の主導権を奪わず、責任の所在を当事者に留め続けるための、極めて論理的な防波堤なんです。
💡 契約がもたらす「対等」という名の自由
「契約」なんて言うと、なんだか冷たい感じがするかもしれません。でも、自薦という現場で当事者さんと僕らヘルパーが対等でいるためには、このドライな割り切りが不可欠なんです。
情に流されて「やってあげている」という感覚になった瞬間、そこには上下関係が生まれます。そうなると、当事者さんはヘルパーに気を使って自分の言いたいことが言えなくなるし、ヘルパーは「言うことを聞いてくれない」と不満を持つようになる。
そうではなくて、当事者さんは自分の人生を決める役割、僕らはその決定を形にする役割。この役割分担を「契約」としてシビアに切り分ける。
この「責任の境界線」がはっきりしているからこそ、当事者さんは誰に気兼ねすることなく、自分のリスクで自分のやりたいことを選べるようになります。
冷たく見える「契約」という壁が、実は当事者が一人の人間として自由に振る舞うための「安心できる境界線」になっている。このパラドックスこそが、自薦という仕組みの面白いところだと僕は思います。
💡 自薦を「当たり前」の選択肢にするために
責任を負うことを恐れて「管理」に走るのは簡単ですが、それではいつまで経っても当事者さんの主権は戻ってきません。
本人が責任を負い、自分の人生を自分で決めることができる環境。それを用意することこそが、福祉が本来目指すべき「支援」の形ではないでしょうか。
僕らがこの「責任と契約」の論理を正しく理解し、現場で体現していくこと。それが、自薦という選択肢を特別なものではなく、地域の中で当たり前のものにしていくための第一歩だと信じています。
もし、自薦の制度や仕組みについて「ここが気になる」「実際どうなの?」といったことがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。僕の見てきたことや、これまでの体験ベースのお話にはなってしまいますが、少しでもお役に立てれば嬉しいです。皆さんと情報交換できるのを楽しみにしています!😊
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊
