完璧なヘルパーを目指すのをやめた話
みなさんこんにちは!単身赴任ヘルパー・ジークです!いつも読んでいただき、ありがとうございます☺️
重度訪問介護の現場に入りたての頃、僕は「完璧なヘルパーでいなきゃ」とずっと思っていました。手順は一言一句間違えず、先回りして動き、利用者さんに「さすがだね」と言われるような、隙のない自分でありたい。そう思えば思うほど、実は利用者さんとの間に、見えない壁ができていたんです。
自薦ヘルパーとしての経験が長くなればなるほど、不思議なことに、昔考えていた「完璧な支援者」という像からはどんどん遠ざかっていきました。でもそれと同時に、ふっと肩の荷がおりて、フラットな気持ちで利用者さんと向き合えるようになったんです。
今日は、僕がその「完璧」を手放したことで見えてきた、現場の心地よい空気感についてお話しします。
💡 「正しい動き」を追いかけるのをやめたとき
自薦ヘルパーとして現場に入りたての頃、僕はとにかく「正解の動き」をすることに必死でした。手順を一言一句間違えず、先回りして動く。それが良いヘルパーの条件だと信じ切っていたんです。でも、そうやって「正解」ばかりを追いかけているとき、僕の目は利用者さんの表情ではなく、自分の手元や時計ばかりを気にしていました。
利用者さんが何かを言おうとしていても、「次はこれですよね」と勝手に決めつけて動いてしまう。それが親切だと思っていたけれど、実は僕が「デキるヘルパー」という役割を演じることに夢中で、目の前の「人」を見ていなかったのかもしれません。
自薦の現場で経験を重ねるにつれて、世間で言われる「正しい介助」に固執するのをやめました。それよりも、利用者さんがその瞬間に「これがいい」と感じる感覚。それを、二人で一緒に「正解」に近づけていく。その作業を繰り返す中で、少しずつ自分の中の感覚が養われてきた気がします。
💡 「教えられる側」として向き合う心地よさ
自薦ヘルパーとして長く入っていると、いつの間にか「自分がやってあげている」という感覚が消えていきました。むしろ、利用者さんから「ジークさん、そこはもっとこうしてほしいな」とか「今はそのタイミングじゃないよ」と教えてもらうことの方が増えたんです。
昔の僕なら、指摘されるたびに「あ、失敗した」「もっと完璧に動かなきゃ」と焦っていたかもしれません。でも今は、その指示こそが利用者さんと僕をつなぐ大事な対話なんだと感じています。
利用者さんが思う「こうありたい」という感覚を、僕の体に落とし込んでいく。そのプロセスは、決して一方的な介助ではありません。利用者さんに導いてもらいながら、一緒にその場の空気を作っていく。そんな「教えられる側」の立場でいることが、実は一番フラットで、お互いにストレスのない関係を築ける秘訣だったんです。
💡 「沈黙」を無理に埋めるのをやめたとき
以前の僕は、介助の合間に生まれる沈黙を、何とかして埋めなければいけないものだと勘違いしていました。何か気の利いたことを話さなきゃ、常に動いて何か役に立っていなきゃ……。そうやって一人で空回りして、場を盛り上げようと必死になっていたんです。でも、そんな僕の気負いは、きっと利用者さんにも伝わって、余計な気を使わせていたんだと思います。
最近は、介助が一段落したあとに訪れる静かな時間を、そのまま受け入れられるようになりました。お互いに違うことをしていてもいいし、ただぼーっと同じ空間にいてもいい。無理に言葉で埋めようとせず、自然体で居させてもらう。
「完璧なヘルパー」という鎧を脱ぎ捨てて、一人の人間としてそこに座っているだけ。そんな、いい意味で「頑張らない」時間を持てるようになったことで、利用者さんとの距離が、ぐっと縮まった気がします。
💡 「完璧」じゃない僕が、ここにいる理由
自薦ヘルパーとして働き続ける中で、僕は「完璧な正解」なんてどこにもないんだということに気づきました。むしろ、僕が少し抜けていたり、利用者さんに教えてもらったりする隙があるからこそ、お互いの心が通い合う瞬間が生まれる。
「ヘルパーだからこうしなきゃ」という枠を外して、一人の人間として、利用者さんの生活の中にそっと馴染んでいく。そんなフラットな関係性こそが、重度訪問介護という場所での、一番の醍醐味なんじゃないかと思っています。
これからも、利用者さんに導いてもらいながら、一緒に「正解」を積み上げていきたい。肩の荷を下ろした今の僕の方が、きっとずっと、いい仕事ができている気がしています。
もし、自薦の制度や仕組みについて「ここが気になる」「実際どうなの?」といったことがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。僕の見てきたことや、これまでの体験ベースのお話にはなってしまいますが、少しでもお役に立てれば嬉しいです。皆さんと情報交換できるのを楽しみにしています!😊
