見出し画像

娘に会えない父親(私)

私には娘がいます
しかし、会えていません。

※本記事は、私自身に実際起きた出来事です。

5分ほど、
私に時間を頂けたらうれしいですm(_ _)m

この投稿は誰かを責めたり、同情を集めるために書いた訳ではありません。

読んでくれた方が、
考えるきっかけになった
そう思ってくれれば良いなと思ってます。

かなり長い投稿になりますが、
読んで頂けたら幸いです。

1.娘に会えなくなった

私は、離婚してから娘に会えなくなりました。娘はまだ言葉は話せないので
直接「会いたくない」
と言われたわけではありません。

元妻に「子供の体調悪いから」
と言われ、会わせてもらえないのです。

私は娘に会いたい。
最悪、会ったり話せなくてもいい。
娘の姿を見るだけでもいい

どうにか方法を考えた結果、
『探偵に依頼して娘の写真を撮影してもらう』それが私の出した考えでした。

ただ探偵の金額を調べましたが、
現実的に続けられる金額ではありませんでした。

探偵を雇うの厳しい…
「他に方法はないのか」

そう考え続けた末に、1つの考えが浮かびました。

『私自身が探偵になること』

もちろん私自身が動いたり、
やりすぎてしまうとストーカー行為になってしまいます。
なので探偵になったら探偵技術を持っている人と繋がることで、"娘を見れない状況"
解決できるのではないかと考えました。

「わざわざ仕事を変えてまでやるべきなのか?」
「新しい幸せを見つけたらいいじゃないか」

周りからはそんな風に言われました。
しかし、新しい幸せは考えれませんでした。

男性の場合
自分の子供を可愛いと感じるのは、
話すことが出来るようになったり、
自分に似てる部分があると感じてからと可愛いと実感すると聞きます。

私の場合はどうだろうか

娘が生まれました。
生まれたての赤ちゃんを見るのは初めてです。

・赤ちゃんの甘い匂い
・抱っこした時に手を伝わる温かい体温
・もちもちとした肌の触覚

私はすぐに娘に対して""を感じました。
全てが愛おしくなりました。

しかし、そんな愛おしい娘に
離婚して急に会えなくなりました。

以降の投稿を読むにあたって、
最初に知っておいてほしいことがあります。

それは「精神安定剤」について。
この後、話の中で「精神安定剤」が
重要ポイントとなります。

「精神安定剤」について知識が少ない方は
特に知っておいて欲しいです。

「精神安定剤」は
想像している以上に取り扱いに注意しなければいけない薬です。

まず「精神安定剤」を服用し始めた場合
体が慣れるまで2週間ほどかかり、
『眠気、嘔吐、記憶力の低下、ふらつき』
の副作用が出ます。

私も服用しましたが、
『眠気と嘔吐』が強くありました。
薬に慣れてしまえば症状は落ち着きましたが、副作用の強い薬です。

そして、本当に注意しないといけないこと

それは一定期間薬を飲んでいたのに、
自分の意思で急にやめてしまうことです。
これは、かなり危険が生じます

私は実際、自分の体で試したことがあります。
「薬の量を少なくして、どんな症状が出るのか」

結果、薬の量を減らして出た症状は
「怖くなるほどの動悸」
「イライラしやすくなるなど、感情の起伏」
が起こりました。

また、薬の代用になるものを探してみました。
結果、薬の代用になるものは『睡眠』でした。

しかし寝れば良いというわけではありません。
10時間睡眠しても眠く、
どれだけ寝ても起きることがツラい状態になりました。

危険な薬ですが、
精神安定剤は取り扱いに気を付ければ大丈夫です。
病院に通い、
しっかり相談して処方をしてもらえば怖い薬ではありません。

ただ『軽く扱ってはいけない
軽視することで危険が生じる。
それが"精神安定剤"です。

2.元妻との出会い

元妻の出会いは結婚式場のアルバイトでした。
私は大学生。
元妻は結婚式場のリーダーで6歳上。

とにかく、ドが付くほどのタイプでした。
少し歳は離れているけど、関係ありませんでした。

ある日、勤務している日に
披露宴をした新郎新婦が綿菓子機を式場に
持ち込んでいました。

式が祝福モードのままお開きとなり、
私と元妻は、披露宴会場に置いてあった綿菓子機を片付けるため、二人で運んでいました

その時、こんな会話をしました。
元妻「私、綿菓子を作ったことないんだよね」  私   「スタミナ太郎にあるけど、今度行ってみる?」
元妻「行きたい!」

そして、スタミナ太郎に初デートをしに行きました。
スタミナ太郎は色んなものがあり、
個人的には小さい頃の思い出もあり、好きでした。

私は普段は眼鏡をかけてますが、
当日カッコつけたくて
慣れないコンタクトレンズをしました。

すると、目がずっとゴロゴロして違和感があり、目を触ったり、目薬さしたりして、食事中、目が充血してました(笑)
ただ、2人で綿菓子を作り
ワイワイしながら食べて幸せでした。

その後は、LINEのやり取りが続き、
何回かデートを重ねてから付き合うことになりました。

告白をしたのは、私からです。

愛知県豊田市にある香嵐渓は
夜にライトアップしているので、
赤やオレンジに輝いている紅葉を見に行きました。

そして、その帰り道に
「付き合ってほしいです」そう伝えました。

実際にデートで撮影した香嵐渓

元妻とは、三年付き合いました。

たまには喧嘩をすることもありましたが、
ほとんど笑顔が絶えない楽しい時間を過ごしました。

しかし、『一つ後悔していること』

それは、デート帰りの車内での出来事。
元妻が明日休みと言っていたので、
私が何となく「明日何するの?」と聞きました。

すると、元妻は「んー、明日はちょっと…
何か誤魔化す感じでした。

何か隠していました。
元妻は誤魔化すタイプではないので、
少ししつこく聞きました。

すると急に元妻は激怒して言いました。

診療内科に薬を貰いに行くの病院に行ってること言いたくなかった!

その時、私が思ったこと…それは
病院のことや薬のことの話題は今後触れないようにしよう

この時の何気ない判断が、
その後の人生に大きく関わることになるなんて、思っていませんでした。

3.プロポーズ

プロポーズしたのは元妻の誕生日旅行です。
行き先は山梨県。

客室露天風呂が付いていて、
さらに富士山が見えるホテルを予約し、
夜ご飯はホテル内にある鉄板焼を食べました。

一般的にプロポーズのイメージといえば、
飲食店の中や部屋の中というイメージがありますが、
私は「このタイミングで渡す?」と思うような場面で渡すと決めていました。

鉄板焼は店主が目の前で焼いてくれるので
美味しいお肉や海鮮を食べて、部屋に戻りました。

その後、一緒に客室露天風呂に入り
30分くらい他愛もない話をしてから、
タオルに隠して持ち込んでいた指輪を取り出して、全裸の時に渡しました。

実際にプロポーズした客室露天風呂

私 「結婚してください」
元妻「はい、でもまさかこんなところで言われるなんて思わなかったよ」

元妻はその場で喜んで泣いてくれました。

しかしその後、部屋に戻ってから、
ひざまずいて、指輪の箱をいわゆる「パカッ」と三回やらされました(笑)

4.結婚生活

結婚式は、思い出のある二人で働いていた
結婚式場で行いました。

あいにく、コロナが流行り始めた時期で、
披露宴は行うことは出来ませんでしたが、
挙式は挙げることが出来ました。

しかし珍しいパターンなのですが
まだこの時点では、同棲をしていませんでした。

私が「結婚する前に同棲をしたい」と
伝えましたが、
元妻に
「早くおばあちゃんに見せてあげたいから、
同棲前に式をあげたい」と言われたからです。

※おばあちゃんは病気とかではなく、元気な状態です。

当時はそれを受け入れてしまいましたが、
今となっては、結婚する前に同棲をして、
『価値観を確認や擦り合わせをしておくべき』だったと感じています。

式は無事に終えた後、
二人で住むアパートは、お互い地元が好きという理由もあり、それぞれの実家の中間あたりの距離で探しました。

いざ、アパートが決まり、同棲を始めると、
育ってきた環境が違うので、服の畳み方から
ご飯に対する価値観まで、意見の食い違いがありました。

「服はこうやって畳んでよ」
「弁当、冷凍食品ばかりじゃん」

そんな口喧嘩も時々しながらも、
何とか乗り越えながら過ごしていました。

結婚生活には、楽しい日もたくさんありました。
夜には健康のため、
テレビにYouTubeを流して、
一緒にラジオ体操をキレキレで踊ったり、
休日には一緒に外出したりして遊びました。

たくさん笑っていたなと今でも感じます。
この時期が、
結婚生活の中で一番楽しかった頃かもしれません。

5.転職

ある日、将来のことを二人で話し合い、
私たちの考えは一致していました。

それは、
・子どもが欲しい
・子どもができたら家庭の時間をたくさん作りたい

というものでした。

私が当時勤めていた会社は販売業だったため、土日休みではありませんでした。

そのため転職をすることを決め、
「今後はお金も節約する為に社宅に入ろう」
そのように話していました。

転職先は製造業。
仕事自体に興味があったわけではありませんでしたが、
社宅があり、土日休み、長期休暇もある会社で転職を決めました。

元妻も「その会社ならいいね」と言ってくれました。

その後すぐ、子どもを授かりました。

入社後、社宅を紹介してもらい
家賃は2万5千円。

実家からは少し遠くはなります。

結婚して新しい家庭を築いていく以上、
実家の距離は関係ないと考えていました。

しかし、
元妻が不満を言うようになりました

「私、誰も知っている人がいないところに住みたくない」
「知っている人がいないと、寂しいし不安」

急に、そのようなことを言うようになったのです。

あれ?
二人で決めた転職で、社宅の話もしていたはずなのに……。

妊娠していたので、マタニティブルーもあるのかもしれない。

元妻を見ていて、
「あ、これは何を言ってもダメなやつだ……」
と感じ、社宅は諦めて実家の近くに住むことに
なりました。

結局、家賃補助もなく
勤務先から片道まで車で一時間半かかりました。

引っ越した意味はほとんどありませんでした。
職場まで遠いのもあり、
以前よりも疲れが溜まっていきました。

そして、日々を過ごすうちに
元妻との会話にすれ違いが生まれ始めました。

その後、元妻の言動はさらに激しくなり、
会話が成立しない状態が続きました。

そして元妻は、私の悪口を周囲の人たちに話すようになりました。

その結果、私は完全に悪者扱いされ、
元妻の両親に呼び出され、
よく分からない説教を受けることもありました。

反論しようとしましたが、
元義理父は、
私の言葉をかき消すような大声で
俺はお前の言葉は信じない。行動で示せ!

そう言われ、
何もかもが理解できませんでした。
説教で言われてることが身に覚えのないこと
ばかりだったので…

後日、元妻が里帰りをしました。

そして、元妻から
「また、お義父さんが呼んでるからうちの実家に来て」

また、身に覚えのないことを言われる…
私はこれまでに起きたことや悩んでいることを、自分の両親に話していました。

すると父と母が「こちらも話したいことがある」と言い、同席することになりました。

話し合いは、
私、私の父、母。
元妻、元妻の父、母、計6人で行われました。

当日、元妻の父親は以前と変わらず、
大声で意味の分からないことを私に言ってきましたが、私の父が冷静に対応してくれて、
話し合いの議題を整理しました。

・二人が今、どういう状況なのか
・これからどうしたいのか

最終的に、
「価値観はそれぞれ違う。だからこれからは、私と元妻で価値観をすり合わせながら、新しい家庭を築いていこう」

という結論になりました。
これで、やっと落ち着く。

そう思っていました。

6.子どもの誕生

すごく可愛い生まれたばかりの娘

話し合いの後、あまり関係性は良くなりませんでした。

しかし、時は流れていきます。

2月15日、娘が生まれました。
可愛かった。愛おしかった。
生まれてすぐ、溺愛しました。

娘が生まれた後、
元妻は、以前の妻の状態に戻ったように見えました
口調も柔らかくなり、
「これでやっと、平穏な家庭を築ける」
そう思いました。
……
……
……
ダメでした
また様子がおかしくなりました

私は、仕事もあるのでアパートにおり
元妻は娘と里帰りをしていました。

仕事終わり、元妻の実家に行くと、
元妻や義理親
私と私の親の悪口を発言していました。
私は心の底から
「何が起こっているんだ……」と思いました。

私の悪口なら、まだ我慢できる。
大したことではない。

しかし、親の悪口だけは許せませんでした。

同日、元妻の口から
もう一つ嫌な言葉が出ました。

それは
体調の悪い人をバカにするような発言
でした。

なんのことか説明しますと、
先ほど6人での話し合いの場があったと言いましたが、
その時、私は過呼吸になってしまっていたのです。

なぜその日、過呼吸になったかというと
私はすでに限界ギリギリだったからです。
元妻の実家に車で到着すると、
頭が真っ白になり、
「どうやって車から降りればいいのか分からなくなる」
といった、普段では考えられない状態が
当日以外にも何度もなっていました。

そんな中で迎えた話し合いだったため、
私は過呼吸を起こしてしまいました。

その過呼吸を元妻がバカにした発言で、
こう言いました。
「何過呼吸になってるの?ハアハアってさ(笑)」

その瞬間、分かりました。
これは、確実に私の知っている元妻ではない。

元妻は親の悪口を言う人でも、
体調の悪い人をバカにするような人でも、
ありませんでした。

もう、それまでにも散々耐えてきました
これ以上は、耐えられませんでした。

私が親に「あの様子はおかしい
と伝えると、このように言われました。

○○ちゃん(元妻)って、精神安定剤を飲んでたよね?それって、今どうなってるの?

精神安定剤のことは聞くのをやめていましたが
翌日、元妻に聞きました。

私  「薬って、今も飲んでるの?」
元妻「妊娠してから、やめてる」
私  「え、それ、やめて大丈夫なの?」
元妻「妊娠してると薬は良くないって言うから、病院の先生にも言わずに勝手にやめた
私  「勝手にやめていいの?どれくらい飲んでたの? お薬手帳、見せて?」
元妻「分かった」

見せてもらったお薬手帳には
想像を超える量の薬が処方され、
服用していました。

詳しい薬の名前は覚えていませんが、
1日の服用量は、
・精神安定剤 8錠
・その他、一緒に服用する薬 2錠

妻に話しても話を聞いてくれないので
すぐに、このことを元義理親に伝えました。

しかし返ってきた言葉は、
「だから何だ。関係ないだろ」

関係ないはずがありません

健常者であれば
そもそも精神安定剤等を計10錠飲みません。

それから私は、何度も元妻を病院に誘いました。
私は何とかして関係性を良くしたかった…

ですが、病院を誘っても返事は毎回決まっていました。

「私はおかしくない。病人扱いするな!」

結局、病院には行ってくれず。

その後、私は娘に会いたいので元妻実家に会いに行ったり、
お宮参りをこちらで計画して何とか行きましたが……
……
……
娘と会えたのは、
そのお宮参りが最後となりました。

そのお宮参りは、7人集合しました。
娘。私、私の父母。元妻、元義理父母。

空気は、最悪でした。
今でも娘に謝りたい。
「あんな空気でごめんね」って。

別れ際、元義理父から
主語も何もなく「しっかりしろ」
その一言だけを投げかけられ、
向こうは娘を連れて帰っていきました。
何に対しての「しっかりしろ」なのか不明です。

その場には娘がいたため、怒りの感情を抑えました。

「もうダメだ。無理だ」

〈元妻の言動について〉

精神安定剤を飲むのをやめてから起こった
元妻の異変について、整理しておきます。
※ここで書けることだけ書きます。

・2人の貯金口座とは別に、私の知らない口座に隠れてお金を入れていた。

・機嫌が少しでも悪くなると、こちらの話を一切聞かなくなる。(会話が成立しない)

・予定を頻繁にドタキャンするようになった。

・「お金がない」「食べ物がない」と、
 毎日のように口にする。

・虚言が増えた。
※精神的に不安定な状態で、本人も現実の
区別がつかなくなっていた可能性はあります。

私自身も心療内科を受診しました。
そこで医師から、はっきりと言われました。
「妊娠中に精神安定剤を自己判断でやめることは、決してしてはいけません」

さらに、
「子どもを作る際は、必ず医師に相談し、
薬の種類を変えたり、量を調整して、
状態が安定してからでなければいけない」

全て、最初から知っていれば状況が
変わっていましたが、知った時には既に遅かったです。

7.警察沙汰と鬱

お宮参り、後日。
私は元妻に会うことが出来ない精神状況に
なっており
LINEで「自分たちだけだと、話合いが出来ないから、弁護士を入れて離婚しよう」と送信しました。

連絡した翌日、私は朝早くから仕事だったので、準備をして寝ようとしました。
すると、私のスマホに元妻からの鬼電の不在着信が…
スマホを見ていなかったので、
後で気が付いたのですが10件の着信が入っていました。

実際の着信履歴

親から連絡が入りました。
すると私の父親の方にも電話があったようで
今から実家に乗り込みに来る」と…
この時、私は実家でなく借りているアパートにいたので、ここから先の出来事は聞いた話になります。 

日曜日の22時頃。
元妻と元義理父が車で私の実家に来ました。
そして外で私の父親と大声で口論になったそうです。

私の父親が向こうに迫ると、元妻の父親は後退りをしたそうですが、元妻は全く微動だにせず、
口論を続けたとのこと。

向こう側は「○○(私)を出せ!」
こちらは「こんな時間だろ、うるさいから帰れ!話も噛み合わないのに何しに来たんだ!
弁護士を入れて話合いだ!」

その繰り返しだったそうです。
結局、近所に大声が響き渡る声で、
誰かが警察を呼び、警察から「帰って下さい」と言われ、その場は収まりました。

私は娘に会えないことや、元妻がおかしくなってしまった状態が理解出来なくなりました。

そして、色んな感情が一気に脳によぎり、
翌日、朝から職場で泣いてしまいました。
大人の男が泣くなんて、格好悪いですが、
耐えられませんでした。

体には力が入らず、手も震えが止まらない。
頭は何も考えられない状態でした。

当日、仕事は途中で早退し、病院に行きました。
家に向かう車の中では、神経がおかしくなり、頭がぼっーとしていました。

車を運転しているのに、運転していないような不思議な感覚にもなっていました。
病院では、先生から""だと言われ
「今は一旦仕事も休んでください。」
と強制的に休職を言い渡されました。

病院の帰り、指先から震えていました。
何もしたくありませんでしたが、
離婚の手続きを進めなければならなかったので、弁護士さんを探しました。

弁護士さんを雇った後、
裁判所から調停離婚の案内書が届きました。
※調停離婚:家庭裁判所の調停委員(第三者)を介して進める離婚手続き。

どうやら、元妻が家庭裁判所に調停離婚を申し立てしたようです。

調停日まで、弁護士さんと話合い、
これからどうしたいかを整理して、
すぐに書類を作成してくれました。

調停離婚の当日。
私と元妻が順番に一室に入り、
そこでお互いの意見を主張をします。

条件は決まっていたので、
3往復で調停離婚は終わりました。

調停離婚での判決は、国が認めた正式な書類となるため、万が一、私が養育費を支払わなくなると、資産の差し押さえが出来ます。

そんなことしなくても、私は娘のためにお金を払います。 
ですが、元妻からは信用ないのでしょう。

その後、面会交流出来る機会がありましたが、「子供の体調が悪い」という理由で会わせてもらえませんでした。

その出来事により、私もカーっと感情的になることもありました。

娘に会えない日々が続くうちに、
自分はもう、何のために生きているんだろう」そう考えることが増えました。

未来のことが想像できなくなりました。
手続きだけが進んで、心だけが置き去りになっていく感覚でした。

もう二度と、娘の体温を感じることも出来ない。
笑った顔も見ることが出来ない。

毎日、絶望を感じていました。

8.娘を見るために

絶望の中
「どうにか娘を一目でも見れる方法はないか」そのように考えていました。

そこで浮かんだのが、
探偵に依頼して写真を撮影してもらう方法。

『会えなくても写真でいいから、娘を見たい。』
『元気な姿を写真で良いから見たい。』

探偵について見積もり額を調べてみました。
想像していたより依頼料金が高い…
それに、調査に入った日に必ず娘の写真を撮れるわけでもない。
運が悪ければ、依頼料金だけ支払い、何も成果が無い可能性もある。
今後、依頼を続けていくとお金が底に尽きるかもしれません。

どうしたらいいのだろうかと、
頭が痛くなるほど考えました。

悩みに悩んだ結果、一番良い方法
それは
『自分自身が探偵になること』

当時、勤務していた製造職は、
家庭のことを第一として考え入社したので、
離婚した時点で
"転職はしよう"と元々考えていました。

周りの人に、探偵になる理由は、あまり話していません。
理由が理由なので、
場合によっては引かれる可能性や、止められる可能性があるから。

探偵としてプロとなり知識や技術を付ければ、
将来に娘を見れることが出来るかもしれません。

そんな小さい希望があるのであれば、
周りの人に何て言われようが自分の道を進みたい。

そして、私は『探偵』になると決めました。

9.転職前に

探偵になると決めてから、職場の人に転職することを伝えました。

すると、同僚から
「せっかくなら時間作って日本の北でも行ってきたら?」
その一言で私は、北に行くなら、南も行こうと思い"日本一周"しようと決めました。

そして、実行しました。
お金はないし、自由に動きたかったので、
車で旅をすることにしました。
そして車中泊で夜を過ごし、
走る時は下道だけを使いました。

今、振り返ってみると
当時、私は『躁うつ』の躁状態だったのでしょう。
自分が無敵。何でも出来る。
そんな気持ちになっていました。
※躁うつ:調子が良すぎる時と、落ちすぎる時を行き来する病気。

躁状態は
・考えが止まらない
・イライラしやすい
・異常に前向き
・口数が増える
・無敵だと感じる など

鬱状態は
・考えがまとまらない
・何も楽しくない
・自分を責めてしまう
・生きている意味がわからなくなる など

3ヶ月ほど旅に出たので途中で、
鬱になることもありました。
急に楽しくなくなり、観光地に行っても楽しいと思えない。
しかし、ここまで来たら家に帰るために、
やりきらないと…
そんな気持ちで旅を続けました。

その中で、広島に行った時、現地の人と仲良くなる機会がありました。
鉄板焼のお店で、その店の店主と常連客と広島焼きを食べながら、人生について夜遅くまで語り合いました。

閉店時間が過ぎても二時間くらい滞在していました。
帰る時も、「気を付けて行くんだよ」
と言われ、人の優しさや温かさを知りました

元妻の家に行った時とは違い、この店では楽しく話すことが出来ました。

改めて感じたのが、『人が好き』ということ。
人生において、
『人の愛情、友情、優しさや温かさ』は、
私にとって凄く大切なものだと気付きました。

そして、日本一周は、事故もなく無事に帰宅しました。

その後、私は『探偵』になりました。

10.探偵になって

探偵になってから、尾行・張り込み・撮影など、プロの技術を学びました。
また、実技だけでなく法律など座学も学びました。

現場に行き、実践を重ねていく度に感じたことがあります。
それは、どれだけバレないリスクを減らせるか

娘を一目見るため、通報されるリスクを減らすにはどうすればよいか。

バレたら全てが終わります。

現段階で娘を見れたかというと、探偵になってから既に二年経っていますが、
まだ娘を見れていません。

娘を見るために、少しでもリスクが減るように、今、準備をしている段階です。

準備が整うまで、もう少し時間はかかるかもしれません。
しかし、準備さえ出来れば、見ることは可能だと思っています。

「最後に読者にメッセージ」

娘に会うことや、一目見ることが出来たらNOTEの投稿にて報告します。
それまで、まだ少し時間がかかるかもしれません。

最後まで、読んでいただき、
本当にありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!