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どうにもとまらない


通勤特急の車内で、ヒクッ…。

混み合う車内で突然のしゃっくり。

ヒクッ…。
ヒクッ…。
ヒクッ…。

周囲の視線が集まる。

聞こえてくるのは電車の走行音、ワイヤレスイヤホンから漏れる音楽。

そして、

ヒクッ…。
ヒクッ…。
ヒクッ…。

私のしゃっくり。

どうにもとまらない。


次の駅まであと二十分。

逃げ場もない。

ヒクッ…。

目の前に座っている小学生の男の子二人組が、こちらを見ながらコソコソ話し始めた。

やがてそのうちの一人がランドセルからスマホを取り出し、真剣な顔で画面を操作する。

さらに二人はなぜかジャンケンを始めた。

ジャンケンに負けた子が

「お姉さん、空気ををいっぱい吸って十秒止めると止まるかも。」

アドバイスはありがたいのたが……

できればそっとしておいてほしい。

そう思いながらも、澄んだ瞳を向けられると断れない。

言われた通りにやってみる。

目一杯息をすいこみ、止めて


一、二、三、四、五……

ヒクッ…。

止まらない。

「ダメかぁ。」

男の子は本気で残念そうな顔をした。

再び二人はスマホをのぞき込む。

嫌な予感しかしない。

「両耳に指を入れるといいらしい。」

「でも吊り革持ってるから無理だね。」

ヒクッ…。

「冷たい水を飲むと止まるみたい。」

「水持ってる?」

「持ってないよ。」

ヒクッ…。

満員電車では自動販売機にも行けない。

ヒクッ…。

ヒクッ…。

その時、男の子の一人が言った。

「しゃっくり百回すると死ぬってホントかな?」

「今何回目?」

二人は数え始めた。

「三十一!」

ヒクッ…。

「三十二!」

ヒクッ…。

「三十三!」

最初は二人だけだった。

しかし不思議なことに、周囲の乗客たちも耳を傾け始める。

「三十四!」

「三十五!」

「三十六!」

いつしか誰もが、心の中で一緒に数えていた。

ヒクッ…。
ヒクッ…。
ヒクッ…。

私は恥ずかしくてたまらない。

だが、シャックリが100回を迎えた時の、この子たちのリアクションを想像すると可笑しくなってきた。

しゃっくりは止まらないのに、笑いだけは込み上げてくる。

その頃。

私の隣に立つサラリーマンは別のことで悩んでいた。

鞄の中には未開封のペットボトルの水がある。

冷たい水だ。

しゃっくりに効くかもしれない。

だが。

見知らぬ女性に突然差し出したら迷惑ではないか。

警戒されないだろうか。

余計なお世話ではないだろうか。

鞄を開けては閉じる。

開けては閉じる。

どうにも決心がつかない。

ヒクッ…。

「七十八!」

ヒクッ…。

「七十九!」

車内の空気は、いつの間にかひとつになっていた。

その時。

「おじさん、水持ってない?」

小学生が突然サラリーマンに声を掛けた。

車内が静まり返る。

サラリーマンは目を丸くした。

「どうして分かったの?」

男の子は言う。

「さっきから鞄のチャック開けたり閉めたりしてるから、気になって見ていたら、ペットボトルの蓋が見えたんだ」

車内はその展開を見守った。

サラリーマンは目の前の小学生の力を借りて、自然に鞄からペットボトルを取り出す。

「よかったら。」

私は戸惑うのだが、目の前の子どもたちの満面の笑みに促され、ペットボトルを受け取る。

そして一口。

ヒクッ…。

もう一口。

……。

さらにもう一口。

……。

出ない。

私は恐る恐る息を吸う。

出ない。


「やった、止まったぞ!」

男の子たちが飛び上がる。

普段は重々しい車内に、温かい空気が流れていた。



私は思わず笑う。

確かにしゃっくりは止まった。

だけど。

車内で生まれたもの……

小学生の好奇心、

サラリーマンの優しさ、

それにつられて広がった乗客たちの温かい気持ちが……

どうにもとまらない。

次の駅で降りる私は、男の子たちとサラリーマンに頭を下げた。

「ありがとうございました。」

ドアが閉まる。

走り出した電車の窓の向こうで、男の子たちはまだ何かを話しながら笑っていた。


止まったのはシャックリだけだった。

人の優しさだけは……

どうにもとまらない。


#アマノ文筆クラブ
#どうにもとまらない
#シャックリ

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