あなたの帰る場所への案内人〜メロディタクシー夜曲〜
深夜零時。
街角に停まる1台の古びたタクシー。
運転席には帽子をかぶったジュークボックスが座っていた。
車体の横には大きく、「メロディータクシー」と書かれている。
「お客さん…どちらまで? 行き先と、お好きな一曲をどうぞ」
乗客が車に乗り込むと、ジュークボックスの胸元に並んだボタンがカラフルに光り始めた。
失恋したばかりの女性だった。
「海まで……それと、切ないバラードを」
針がレコードに落ちる音とともに、メロディが流れ出す。
すると窓の外の景色が曲のリズムに合わせてゆっくりと色を変え始めた。
街灯は優しく揺れ、あたたかい陽だまりに包まれているようだった。
海に着く頃には、失恋の胸の痛みも少しだけ小さくなっていた。
🚕 🚕 🚕 🚕
またある時は、白髪のおばあさんが乗り込んできた。
「昔、夫とよく踊ったダンスナンバーをお願いできるかしら?」
ジュークボックスは少し考え、
「もちろんです」
と答えた。
懐かしいメロディと共に窓ガラスには若い頃の二人の姿が映った。
ダンスホールで笑い合う二人。
おばあさんは目を細めながら、小さくリズムを刻った。
目的地に着くと、
「久しぶりにあの人とステップを踏んだわ」
おばあさんは微笑んだ。
料金メーターには、
乗車料金 1,200円
その下に、思い出再生料 無料
と表示されていた。
🚕 🚕 🚕 🚕 🚕
そして、ある嵐の夜のことだった。
メロディータクシーのドアが勢いよく開いた。
「早く出してくれ!」
乗り込んできたのは、目出し帽をかぶった男だ。
肩には大きな袋。
どう見ても銀行強盗だった。
「どちらまで?」
ジュークボックス運転手は落ち着いた声で尋ねた。
「とにかく遠くだ! 警察に捕まらない場所へ!」
タクシーは静かに走り出した。
だが車内に流れ始めた曲は、逃走劇に似合う激しいロックではなかった。
「なんだこの曲は!」
男が怒鳴る。
すると次は卒業ソング。
その次は結婚式で流れるような曲。
さらに子守唄。
「やめろ!もっと気分の上がる曲を流せ!」
男は叫んだ。
しかしジュークボックスは言う。
「私は逃げたい人の曲ではなく、帰りたい人の曲を流すのです。」
男は黙った。
窓の外を見る。
すると街の景色が変わっていた。
夕暮れの商店街。
ランドセルを背負った少年。
手を振る母親。
自転車を押しながら歩く父親。
それは男自身の昔の記憶だった。
「……やめろ。」
声が小さくなる。
次に流れたのは、男が中学生の頃に好きだった曲。
夢を歌った歌だった。
男は顔を伏せた。
やがてタクシーは停車する。
「着きました。」
「ここはどこだ?」
男が顔を上げる。
そこは海外でも山奥でもなかった。
交番の隣にある小さな公園だった。
ブランコが二つ並んでいる。
男は呆れて笑った。
「ふざけてるのか?」
ジュークボックスは答える。
「いいえ。あなたが最後に道を間違えなかった場所です。」
しばらく沈黙が続いた。
やがて男は袋を抱えたまま車を降りる。
交番へ向かって歩き出した。
料金メーターには、
乗車料金 0円
その下に、
お忘れ物 良心ひとつ
と表示されていた。
ジュークボックスはそれを見届けると、静かに次の客を探しに走り出した。
実はこのタクシー。
行き先よりも、その人に必要な曲を探すのが得意だった。
街には今日も様々な人がいる。
逃げる人。
追いかける人。
迷う人。
けれどメロディータクシーが運ぶのは、目的地ではない。
その人が本当は帰りたかった場所なのだった。
だから今日も街を走る。
