色褪せた麦わら帽子と色褪せない思い出
小百合は、駅前のレコード店を訪れた。
エアコンの効いた店内には、懐かしい歌謡曲が静かに流れている。
小百合は新譜ではなく、昔のレコードを眺めるのが好きだった。
棚を見て歩いていると、一枚のレコードジャケットが目に留まった。

三人組の人気アイドルだ。
人気絶頂だったコンサートで突然解散を発表し、メンバーのひとりが涙ながらに口にした言葉は、今でも語り継がれている。
「普通の女の子に戻りたい」
小百合はレコードを手に取り、
「私もそうだった」
小百合は小さく呟き、遠くを見つめた。
小百合はごく普通のサラリーマン家庭に生まれ育った。
ある日母と歩いていた商店街で、芸能事務所にスカウトされ、軽い気持ちで受けたドラマのオーディションに合格した。
初出演した日曜夜のホームドラマで、小百合の運命は大きく変わった。
愛くるしい笑顔に年齢を感じさせない自然な演技は、あっと言う間に、お茶の間の人気者になった。
ドラマ、映画、CM。
朝から晩まで撮影が続き、学校へ通う日より撮影所へ向かう日のほうが多くなった。
中でも忘れられないのが『日曜日のカレー』がキャッチフレーズのカレールーのCMだった。

夕暮れの食卓に鍋いっぱいの出来立てのカレーを家族で囲む、その温かな映像は多くの家庭の心をつかみ、日曜日の夕食はカレーを食べる家庭が増えていた。
けれど小百合にとって、それはテレビの中だけの景色だった。
撮影が終わると、小百合の夕食はロケバスで食べる冷めたおにぎりやサンドイッチ。
家族そろっての夕食など、ほとんど記憶に残っていない。
やがて、忙しさは家族から笑顔を少しずつ奪っていった。
収入か増える分、口数が減り、同じ部屋にいても目を合わせなくなり、小百合が人気絶頂を迎えた頃、両親は離婚した。
やがて母親の生活は派手になり、芸能界の仕事にも支障が出るようになり、小百合は芸能界を退いた。
小百合自身もこのまま子役を続けていくことを望んでいなかった。
その後母親は再婚し、小百合は田舎の祖父母に預けられた。
芸能界を引退したとは言え、小百合のことを知る人が大勢いる中で暮らすより、静かな田舎暮らしをさせた方が良いとの判断だった。

祖父母と暮らす初めての夏。
祖父が買ってくれた麦わら帽子をかぶり、ひまわり畑の帰り道には、祖父とかき氷を半分ずつ食べたものだ。
縁側で風鈴の音を聴きながら、井戸水で冷やしたラムネを飲んだり、昼寝をしたり。
夜は浴衣を着て、線香花火を楽しんだ。
小百合にとってはどれもが新鮮で、少し遅れてやって来た、子どもらしい生活だった。
両親のいない日々は寂しかったが、その分祖父母の愛情を一身に受け幸せだった。
小百合は手に取っていたレコードを元の棚へ戻した。
その時、レコード店のスピーカーから、懐かしいメロディーが流れ始めた。
そう……小百合が子役として出演したドラマの主題歌だった。当時の人気アーティストの楽曲だ。
大学生になった小百合は、アルバイトで貯めたお金でレコードを買うつもりでレコード店にやって来たのだが予定を変更し、商店街へ向かった。
八百屋で玉葱とじゃがいもと人参を、肉屋で豚肉とカレールーを買い、急いで祖父母の元へ急いだ。
今日は日曜日。
家族団欒でカレーをいただく日だ。
小百合は台所に立って、大きな鍋にたっぷりのカレーを作って祖父母に振る舞った。
「いただきます」
3人は手を合わせて、出来たてのカレーを頬張った。
「カレーが食べられる日がやっと来たか」
祖父は笑って言った。
「カレー好物が好物だものね」
祖母も笑って頷いた。
「おじいちゃんに随分我慢させちゃったのね。これからは私が日曜日にカレーを作るわ」
小百合も笑って見せた。
その日の夜、小百合は部屋の押し入れから箱を取り出した。
箱の中には、あの夏に祖父から買ってもらった麦わら帽子が入っていた。
麦わら帽子は色褪せてしまったが、麦わら帽子と過ごした思い出は色褪せることなく小百合の心に残っている。
小百合は麦わら帽子を頭にのせる。
ぶかぶかだった麦わら帽子が少し小さく感じる。
こちらの企画に参加させていただきました。⏬
