70代のわくわく
「わくわくすることは何ですか?」と聞かれても、すぐには答えが浮かばない。
若い頃は、見るもの聞くものすべてが新鮮で、わくわくやドキドキが日常の中に溢れていた。
時が流れ、人生も終盤に差し掛かると、穏やかに過ごせる毎日そのものが幸せだと感じるようになる。
それでも「今,わくわくしていますか?」と問われたら、私はこう答えるだろう。
ーーインターネットです、と。
仕事でパソコンは使っていたものの、それ以外は知識も時間もなく、正直、「宝の持ち腐れ」だった。
そんな私がnoteを始めて、四か月が過ぎようとしている。
スキやフォロー,コメントを通じて生まれる繋がりが嬉しくもあり楽しい。
特に、何もわからなかった操作を、子どもや孫に聞きながら少しずつ覚え、自分の記事として形にできることに、確かな、わくわくを感じている。
私の若い頃、調べものは本屋や図書館へ足を運ぶのが当たり前だった。
辞書や重たい百科事典を揃えてはみたものの、何度ページを開いただろうか。
答えに辿り着くまでには、時間も手間もかかっていた。
料理が好きで、料理本も本棚にたくさん並んでいる。
けれど仕事や子育てに追われ、ゆっくり開く余裕もなく、活用できていないのが現実だ。
今は違う。
スマホを開けば,知りたいことはすぐ見つかる。
料理も、旅も、世界も、自由に広がっていく。
時代の進歩に、素直に感動している。
そんな折、町の広報で「スマホ教室」の文字を見つけ、思い切って参加した。
平日のせいか人数は少なく、内容は初歩的なものだったが、基本を知るだけでも大きな一歩だった。
同時に、高齢になると機械に苦手意識を持つ人が多いことも実感した。
友人たちも、スマホは電話とLINEだけ。
noteを始めたことを伝えても、見方がわからない。
画面が変わるたびに詐欺や誤請求のニュースが頭をよぎり、怖くて前に進めないと言う。
私の記事は、残念ながら届かないままだ。
それが少し、残念だと感じてしまう。
けれどnoteの中では、インターネットを活用することで旅の記事が生き生きと輝き出す。



写真を載せれば自分の記憶がよみがえり、読んでくださる方も一緒に旅をしているように感じるとコメントをもらった事もある。
海外の方の記事も翻訳できるようになり読む事も出来る様になった。
今は、記事に音楽を載せることにも挑戦している。
70歳からの手習いならぬ70代の手習い。
新しい事を一つ覚えるたびに,心が少し若返るような気がする。
まだまだ知らないことは多いけれど、出来る事が増える喜びは確かにある。
体は少しずつ、思うように動かなくなっていく。
それでも、わくわくする気持ちを与えてくれる世界がここにある。
インターネットと出会えた今、私は静かに、幸せを感じている。
