(東京まちあるき14)南極観測船「宗谷」で "南極物語のタロとジロ" に会ってきました!

今回は、東京お台場にある「船の科学館」で係留・展示されている、初代南極観測船「宗谷」の見学レポートをお届けします。
「宗谷」といえば、あの「タロとジロ」の『南極物語』でご存知の方も多いのではないでしょうか。
過酷な南極観測の歴史と、そこで生まれた奇跡の物語を体験してみませんか。
映画「南極物語」は、1983年に公開された日本映画です。
昭和基地に残された15匹のカラフト犬が、厳しい環境の中を生き抜く姿と、彼らの運命を案じる人間の姿を描いた物語です。
主演は高倉健さんで、南極観測隊の隊員である潮田暁を演じています。
この映画は、南極という極限の地で繰り広げられる犬たちの過酷な運命と、人間たちの葛藤を描いた感動的な作品として、多くの人々に愛されています。

波乱万丈!「宗谷」の数奇な運命

「宗谷」は、もともと南極観測船として作られた船ではありませんでした。
昭和13年(1938年)耐氷型貨物船として誕生し、太平洋戦争を経験。その後は引揚船、灯台補給船として活躍し、昭和31年(1956年)から日本初の南極観測船として大改造されたのです。
なぜ「宗谷」が選ばれたのか?
それは、戦後間もない日本が国際社会に復帰する足がかりとして、南極観測への参加を表明したことに始まります。しかし、当時の日本には、観測船、技術や資金、何もかもが不足していたのです。そんな中、白羽の矢が立ったのが「宗谷」でした。
しかし、改造は困難を極めました。
大手造船所が手を引く中、横浜の小さな船舶修理会社が立ち上がり、突貫工事で改造が進められました。
そして1956年11月8日、「宗谷」は、乗組員、観測隊員、22頭のカラフト犬、そして1匹のネコと2羽のカナリヤを乗せ、未知の南極へと出発したのです。
想像を絶する南極への道

「宗谷」の南極への道のりは、まさに苦難の連続でした。
出港直後には、いきなり台風に遭遇し、船体は激しく揺れ、乗組員たちは「宗谷はえらく揺れる船」である現実を目の当たりにします。
これは、氷を割るために、船体の揺れを軽減するビルジキールを取り外してしまったことが原因でした。
赤道を越え、インド洋を抜けると、今度は「暴風圏」が待ち構えています。
最大62度にも達するローリング(横揺れ)は、乗組員たちを苦しめました。
ようやく南極大陸の周囲を固めるパックアイス(密群氷)に到達しますが、ここからが本当の戦いの始まりでした。
氷を爆破し、体当たり(チャージング)を繰り返しながら、少しずつ前進していきます。
昭和基地建設と、苦渋の決断

1957年1月29日、「宗谷」はオングル島に到着し、ここを「昭和基地」と命名。日の丸の旗が高々と掲げられ、日本中が快挙にわきあがりました。
しかし、喜んだのも束の間。南極の冬は、想像以上に早く訪れます。
「宗谷」は、氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまいました。
ソ連の砕氷船「オビ」の救援を受け、九死に一生を得たのです。
そして、第2次観測。この年は、さらに状況が悪化します。
「宗谷」は再び氷に閉じ込められ、アメリカの砕氷艦「バートンアイランド」の助けを借りることになります。しかし悪天候は続き、ついに越冬計画を断念。「タロ」と「ジロ」を含む15頭のカラフト犬を、南極に残さざるを得なくなったのです。
この決断は、日本国内で大きな批判を浴びました。
しかし「宗谷」の乗組員、観測隊員たちは、最後の最後まで、犬たちの救出に全力を尽くしたのです。
船長の「ただ今より、本船は帰路につく。(中略)全員141名は無事本船にあり。(中略)残された海上輸送の万全を期せ」という訓示は、その無念さを物語っています。
奇跡の再会!「タロ」と「ジロ」

そして、運命の第3次南極観測。
大改造された「宗谷」は、大型ヘリコプターを搭載し、航空輸送作戦を成功させます。
その時、奇跡が起きました。
閉鎖された昭和基地を訪れた隊員たちは、目を疑います。
なんと、昨年置き去りにされたカラフト犬の「タロ」と「ジロ」が生きていたのです!
15頭の犬たちは、1本のロープにつながれていました。
そのうち、「タロ」と「ジロ」だけが、厳しい南極の冬を生き抜いたのです。この奇跡的な再会は、日本中に感動を呼びました。
「船の科学館」で「宗谷」に会える!

南極観測船としての役目を終えた「宗谷」は、その後、巡視船として北海道の海で活躍。
昭和53年(1978年)に引退し、昭和54年(1979年)から「船の科学館」で一般公開されています。「宗谷」の船内は、見学順路が設けられており、誰でも見学することができます。
(宗谷の主な見学ポイント)
・ヘリコプター発着甲板: 大型ヘリコプターが離発着できる広い甲板。
・後部門型マスト: 荷物の積み降ろしや、ヘリコプターの移動に使われた荷役装置。
・煙突(ファンネル): 海上保安庁所属船の証である、ブルーの帯とコンパス・マーク。
・11m発動機付救命艇: 物資の運搬や、各種作業に使われた木製の救命艇。
・船長室: 船の最高責任者である船長の、執務や応接に使われた部屋。
・海図室: 航海に必要な海図を収め、船の位置や航路を定める作業を行う場所。
・操舵室: 船の操縦を行う場所。舵輪や、エンジン・テレグラフなど、様々な計器が配置。
※現在、船の科学館は「本館」「別館展示場」「屋外展示資料」の展示公開を終了しています。
まとめ:「宗谷」は日本の昭和史そのもの
「宗谷」の歴史は、日本の昭和史そのものです。戦後の復興、国際社会への復帰、そして未知の世界への挑戦。「宗谷」は、多くの人々の勇気と情熱、そして、数々の奇跡を乗せて、航海を続けてきました。
「船の科学館」で「宗谷」を見学すると、その歴史の重み、そしてタロとジロの物語が、より深く心に響きます。
ぜひ、皆さんも「宗谷」を訪れて、その感動を体験してみてください。
(※宗谷船内で見られる「タロ」と「ジロ」は復元模型です。本物の「タロ」と「ジロ」の剥製は、タロは北海道大学植物園内の博物館、ジロは上野の国立科学博物館に展示されています。)

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