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「変わりたいと言いながら、私はずっと逃げていた。」


\noteの創作大賞に挑戦します/


いつもと少し違う文体で書きました。
これは創作大賞への挑戦作です。
読んでいただけたら嬉しいです。


「変わりたいと言いながら、私はずっと逃げていた」


気づけば今日も、
誰かに気を遣って一日が終わっていた。

仕事では空気を読み、
家では夫や子どもたちの様子を見ながら動く。
やることに追われて、自分のことはいつも後回し。


それなのに、心のどこかでそっと思っていた。
——このままで、私の人生は終わるのだろうか、と。


発達特性のある子どもたちとの暮らしは、
予想通りにいかないことの連続だった。

同じことを何度も伝えて、うまくいかなくて、
つい強い口調になってしまう日もある。

そのあと、自己嫌悪でいっぱいになりながら、
台所でぼーっと立ち尽くす。
水を出しっぱなしにしたまま、冷えていく手の感覚だけが、やけにはっきりしていた。


夜、一人になったとき、ふと涙が出ることがある。

「なんで私は、こんな人生になったんだろう」と。

こんなことを思う自分が嫌で、
また自己嫌悪に落ちていく。
でも、これが正直な気持ちだった。

愛しているから、苦しいのだと今はわかる。
でも当時の私は、そう思ってしまった自分を
責め続けていた。


周りを見れば、子どもがたくさんいても、
みんな自立していてしっかりしているように
見える。

それに比べてうちは−−−

どこかへ出かけるにも「場所」と「子どもの特性」を常に考える。
ここは刺激が強すぎないか。
帰ってから崩れないか。
いつの間にか、「行きたいところ」ではなく、
「行けるところ」を選ぶことが当たり前になっていた。


いろんな場所に連れていってあげたい気持ちは、
いつもある。
でも、「そのあと」を考えると、体が重くなる。

疲れ果てて、家族みんながぐったりして帰ってくる姿が、なんとなく見えてしまうから。

その矛盾が、子どもたちへの申し訳なさになって、自分への情けなさになって、またそっと涙になる。


夫だって、人間だから、感情が出るときがある。

子どもたちが癇癪を起こせば、空気がピンと張り詰める。誰かが悪いわけじゃない。

それでも、常に周りの空気を読みながら動かなければならない毎日は、じわじわと心を削っていく気がした。


それでも私は、この家族のことが好きだ。
この暮らしが、私の人生だ。


ただ——「このままで、私はどこへ向かっているんだろう」という問いだけが、ずっと心の隅に残っていた。


考えることは、いくらでもできた。
でも、動くことはなかなかできなかった。

はじめましての人は少し苦手で、新しいことに
踏み出すのも怖かった。

だから私は、「いつかやろう」と思いながら、
何も変えない日々をそっと選び続けていた。


——そしてある日、気づいた。

変わりたいと言いながら、私はずっと、
変わらない理由を探していたのかもしれない、と。


怖かったのだと思う。変わってしまったら、
今の自分じゃなくなる気がして。

失敗したら、
今よりもっと自信をなくしてしまいそうで。
だから「このままでもいいかもしれない」と、
どこかで自分に言い訳をしていた。


それでも、やっぱりどこかで思っていた。

変わりたい、と。

大きくじゃなくていい。少しずつでいい。
今の自分のまま、一歩だけ前に進めたらいい。


そう思って、私は書き始めた。 

誰かのためと言いながら、本当は
——自分自身のために。
自分の気持ちを、ちゃんと自分で受け止める
ために。

もがきながらでも、迷いながらでも、それでも
進みたいと思ったから。


私は、種をまく人🌱

この言葉が、どこかの誰かの心にそっと触れたとき、ほんの少しでも、何かのきっかけになれたらいい。そんなことを思いながら、今日も私は、書いている。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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