あの頃の日本は、本当にそうするしかなかったのだろうか。 〜映画『開戦前夜』を観て〜
$$
\large \textbf{あの頃の日本は、}
$$
$$
\textbf{本当にそうするしかなかったのだろうか。}
$$
$$
\large \textbf{〜映画『開戦前夜』を観て〜}
$$
日曜日の夜。
明日からまた仕事だというのに、私は昭和16年の日本にいた。
タイムマシンに乗ったわけではない。
映画『開戦前夜』を観ていた。

よりによって日曜の夜に、開戦か和平かで悩んでいる。
もう少し気楽な映画でもよかった気がする🤣
でも、観てみたかった。
昭和16年。
日本が太平洋戦争へ向かっていった、あの時代。
歴史の教科書を開けば、何年に何が起きたかは書いてある。
でも、その時代を生きた人たちは、何を考え、何を守ろうとして、あの決断に向かっていったのだろう。
それを、一つの物語として見てみたかった。
もう一つ気になったのが、中野英雄さんと仲野太賀さん。
実の親子である二人が出演している。
同じシーンはほとんどないのだが、それも含めて観てみたかった。
そして映画が始まる。
そこにいたのは、最初から一枚岩になった日本ではなかった。
それぞれの立場がある。
それぞれの考えがある。
陸軍、政府、外交。
国を思っているはずなのに、向いている方向が違う。
そんな中で、開戦を回避しようと動く人たちがいる。
特に印象に残ったのが、國村隼さん演じる陸軍幹部。
もう、
いやらしいほど憎たらしい🤣
「この人、腹立つぬ〜!」
と思わせる。
でも、それだけ腹が立つということは、それだけ演技がすごいということでもある。
そして、バラバラだったエリートたちが、最後には一致団結して「開戦回避」という結論にたどり着く。
ここが、私には強く残った。
立場が違う。
考え方も違う。
それでも最後には、
「戦争を避ける」
という一点でつながる。
歴史を知っている私たちは、その先に何が起きたのかを知っている。
だからこそ、なんとも言えない気持ちになった。
そして、もう一人。
東條英機を演じた佐藤浩市さん。
開戦なのか。
和平なのか。
その間で揺れる姿が、単純な「戦争を始めた人」という言葉だけでは片づけられない人物として描かれていた。
観ながら、ずっと考えていた。
この人たちは、
何を守りたかったのだろうか。
国だったのか。
国民だったのか。
組織だったのか。
立場だったのか。
誇りだったのか。
それとも、それら全部だったのか。
もちろん、映画は映画である。
これ一本を観て、歴史のすべてが分かった気になるつもりはない。
むしろ、逆だった。
分からなくなった。
あの頃の日本は、
本当にそうするしかなかったのだろうか。
別の道はなかったのだろうか。
今の時代から結果を知ったうえで「ああすればよかった」「こうすればよかった」と言うのは簡単である。
でも、その時代の中にいた人には、未来の教科書なんてない。
あるのは、その瞬間の情報と、自分の立場と、決断だけである。
だから歴史は、難しい。
そして私は、祖父のことを思った。
祖父も含めて、戦争で命を落とした人たちが、今の日本を見たら何を思うのだろう。
スマホがあって。
新幹線が走って。
コンビニでは24時間おにぎりが買えて。
日曜日の夜に、ソファで映画を観ながら、
「明日、仕事かぁ〜🤣」
なんて言っている。
怒るだろうか。
呆れるだろうか。
それとも、
「それでいい」
と言ってくれるだろうか。
分からない。
でも、映画を観終わったあと、一つだけ自分の中ではっきりしたことがあった。
私は、日本人として生まれた。
戦争を経験していない世代として生まれた。
だったら、この時代に生きている自分に何ができるだろう。
私は政治家でもない。
外交官でもない。
世界を動かすような権力もない。
ただの岩手のおっさんである🤣
それでも、人を笑わせることはできる。
文章を書くこともできる。
誰かに声をかけることもできる。
国籍も言葉も関係なく、目の前の人と笑うことはできる。
以前から私は、
「世界中を笑顔にしたい」
と思っている。
映画『開戦前夜』を観て、その思いが少し強くなった。
戦争について考えた最後に、
「笑顔」
という言葉にたどり着くのは、ずいぶん能天気かもしれない。
でも、私はそれでいいと思っている。
笑い合っている人同士は、その瞬間、少なくとも戦ってはいない。
世界全部を一気に変えることなんてできない。
だったらまず、
目の前の一人と笑えばいい。
そして、また次の一人と笑えばいい。
それを続けていけばいい。
なんのこっちゃ🤣
でも、それが今の私にできる、
小さな「開戦回避」なのかもしれない。
世界平和は大きすぎる。
だから今日、目の前の一人を笑顔にする。
