誕生日を嬉しくないと思うのはやめた
間もなく、マイバースデイ。34歳になるじゃないの。
20代前半までは歳を重ねるごとにまた大人の階段を1段上がったのだなというしみじみした思いと、そろそろ地に足をつけねばという身の引き締まる思いを同時にじわりと感じたものだ。
なかなかうまくいかないことが続いたって、心機一転次の1年をがんばれば未来は明るいのではという希望めいた感情に仄かな火を灯したりして。
いつしかそんな節目、気持ちを入れ替えるきっかけという役割も失い、逆にまた1年をだらりと生きてきてしまった事実を叩きつけられる日になってしまった。いや、叩きつけられるというほど何も感じたり、意識したりもしていない。ただそれまでのだらりとした1年と次のだらりとした1年を繋ぐ通過点のひとつに過ぎない。
しかし、再度もっと嬉しがっていいのではと思い始めている。だって1年生きてきたんだから。辛いことも悲しいことも乗り越えてきたと誇れなくとも、引き連れて1年過ごしてきたんだから。何の大それた目標も達成できていなくたってだらりとだって生きてきたんだもの。
ただ生きるのも大変よ。それに加えて、去年の私にはない毎日風呂上がりに自家製甘酒を飲むという習慣を獲得したし、腹筋ローラーで腹を均してるんだもの。梅干しもらっきょも漬けたし、庭でバジルやらパクチーやら大葉やら育ててるんだもの、ややおばさん化傾向にある気はするけれど、上出来すぎるだろ。
盛大に祝わなくてもいいけど、「おっ誕生日じゃないか」とちょっと嬉しくなってもいい気がするし、数日前からちょっとソワソワしたっていい気がするのだ。
そんなこんな言って、実際はうまいものを食べる口実に利用しているだけなのである。せっかくの誕生日なんだから何かちょっとしたうまいものを食べよう。
そして、あの頃の仄かな希望の灯を思い出すために、1000円台で買える安いオイルランタンを買って、大事に育てたい気持ちになっている。明るすぎない灯。何だか高いかっこいいやつじゃなくて、安いやつを買いたい気分だ。
