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明治の親子関係は今とどれほど違うか 〜たとえば森鴎外親子〜

現代は、親子関係に「正解」がない。

厳格な親もありえるし、友達のような親もありうる。
なんでも相談できる親もいれば、子どもの進路にまったく関与しない親もいる。
早期教育する親も「あり」だし、金だけ出す親も「あり」である。

それこそ、そこには多様な価値観があり、「よそ」は「うち」とは違う関係を築いている。

ただ、価値観が多様であることは同時に、不安も呼ぶ。

どんな親子であっても、それで「良し→安心」とはならず、常にジャッジにさらされ続ける。
SNSで親子関係を見せつければ、違う価値観の家庭から批判的なコメントが投げられることもある。

良いか悪いかの判断を下すのは自分のみ。

令和の親子は、「よそ」をキョロキョロ見ながら「これでいいのかな」と不安にかられている(だからこそ、その不安を沈めるために、”うちらしさ”を顕示しようとする)。

そんな令和から遡ること160年前。

明治期の小説家であり軍医でもあった森鴎外は、随筆に、父との関係を書いている。

幼い頃の森鴎外が、父親にサフランについて尋ねる描写。

「お父っさん。サフラン、草の名としてありますが、どんな草ですか。」

なんとも健やかな話し方だと思う。

馴れ馴れしくもなく、厳しくもない。
「良いとこの子」だなと思わせる話しぶり。

父と子という関係だが、今でいうと、尊敬する先生(そんな人がいればだが)に対するくらいの距離が、そこにはある。

愛情がありつつも、精神の距離がある感じ。

ちょうど江戸が終わり、明治が始まった頃の、父と子の距離。

明治の、父と子それぞれの精神が屹立し、距離があった時代からすると、今の親子関係は、気を抜くとベタベタした関係になり、気を入れすぎると、操作的でぎこちない関係になる。

親子のあり方を考えても考えなくても、「健やかな関係」とはほど遠い。



息子である森鴎外からサフランについて、そう尋ねられた父は、薬箪笥のひきだしに乾燥させたサフランがあることを思い出し、

「花を取って干して物に色を附ける草だよ。見せて遣ろう。」と返した。

「見せて遣(や)ろう。」

この時代の人の「やろう」は、「遣ろう」である。

会話なので文字表記が「やろう」でも「遣ろう」でも、どちらでもいいというか関係はないのだが、「やろう」よりも「遣ろう」のほうが適切だと思わせる父の口ぶりが、文章の随所に見られる。


そう。
親子の「健やかな関係」は、「言葉」から始まるのである。

いや、なにも「健やかな関係」に限らず、すべての関係は「言葉」によって作られる。

馴れ馴れしい言葉を使えば、べたべたした関係が生まれるし、操作的な言葉を用いれば、「(教育的)意図」が見え隠れする関係ができる。

親子としての正解のあり方が一つでない現代では、他人のあり方に批判的なコメントが飛んでくるが、その関係はそれぞれ独自のもので、それぞれが自分たちで構築していくより他はない。



そして、森鴎外は、同じ作品の後半で、「自分で決めることの大切さ」を指摘する。

私が物に手を出せば(サフランに水をやれば)、人は「野次馬」と言い、手を引っ込めれば(水をやらなければ)、「独善」「残酷」「冷淡」と言う。

( )内は引用者

それは、人の口である。人の口を顧みていると、一本の手の遣りどころもなくなる


人の言うことをいちいち気にしていると、サフランに水をやる手すらも動かせなくなるのだ、と鴎外は言う。

いろんな人が「やいのやいの」言ってくるのは、明治も令和も変わらないらしい。

他人は「やいのやいの」言うわりに、「私」の代わりに責任を取ったり面倒を見たり、寝かせたりあやしたり、絵本一つ読み聞かせてくれることはない。

だから、自分の子どものことは、最終的には、自分が思うようにやるより他はない。


森鴎外の親子関係を想像して、自分にもそう言い聞かす。

なにより私は、「健やかな関係」を重要な「徳」の一つとみなしている。
ベタベタもせず、ドライにもならない関係。

「健やかな関係」を築くためには言葉こそが肝要ですと、
明治の文豪はその親子関係で令和に伝えている。

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